2013-01-01から1年間の記事一覧
2時間半のフライトで上海には10月2日の11時少し前に着いた、、中国東方航空の拠点がここ上海であったから、ここももう馴染みの飛行場になっていた、、荷物預かり所の場所も行きに利用していたからわかっていた、、そこで最少必要限の荷を小さいバッグにつめ…
たぶんエベレスト? カトゥマンドゥに戻ったわたしは、最終日だからといって特別することもなく、唯一スディールさんのところにだけ、お礼の挨拶に行ったが不在だった、、仕方なく同じ建物の1階にあった、前に来たときに片言話したことのあった床屋とサンド…
そこは想っていた以上にいいところだった、、ドゥリケルDhulikhelはカトマンズから東に32km、ナガルコットから南に11~12kmのところにあって、標高が1500mくらいと聞いていた、、その日(9/29)朝7時過ぎに顔なじみのフロントマンに荷物を預かってもらい明日…
ミニトレッキングから戻ったわたしは、次の日(9/27)からまだ4日間も暇をもて余すことになった、、次の日はそれでもChhapteに昼食を招待されていたから、それがメインイベントmain eventになった、、昼前に迎えにきてくれた彼と一緒に歩いてナヤバザールの彼…
<一日目 カトマンドゥ~チサパニChisapani> チサパニは、ガイドブックや地図によってはチソパニChisopaniと表記されていることもあって、その違いを聞いてみたらどちらもでもいいらしく‘冷たい水’と教えてもらった(ネパール語・ヒンズー語でPaniが水で、タト…
もちろん戻った先は荷物を預かっててもらったKings Landだった、、そしてその日は4Fの裏側の部屋が空いてて、そこでいいかと聞かれたが、通りに面してなくて静かだったのとテレビがついてる点は違っていたが、価格は同じだったのでOKする、、そしてDaya Ram…
その日の夕方Osam.Wさん(Watanabeさんのことを現地ガイドはオサムジーと呼んでいたので以下Osam氏と表記)&インドネシア人Big氏とガイドのパーティが戻ってきて同宿となった、、夕食時とりとめない話をしていたとき、明日以降のルートについての話になった、…
たぶんLangshisha 6370m しかし、そこは何と素晴らしいところだったろう ! !、また何とラッキーなことだったろう ! !ほとんどすべて見えていたのだから、、時間も早かったので周辺をブラブラ、、午後はチャプテ氏に連れられてチーズ工場、そしてその上にある…
<三日目、Lama Hotel ~ Langtang> (歩行)一日目をほとんどコースタイムでクリアできたことに多少ほっとしていたが、二日目がこのコース中最もきついのではないかと思っていたので、どこまでいけるかという不安が消えたわけではなかった、、しかし、基本的に…
<Langtang Trekking,初日、Kathmandu ~ Syabrobesi > カトマンズからランタントレックの基地となるシャブルベシSyabrubesiまではバスがあったが130kmの距離を実に8時間を要した、、が、それはまだましだったようで、そのバスはExpressだったかDeluxeだったかの名称のノンストップバスだったのだけれど、それよ</langtang>…
そのホテルには他にもう二人日本人が宿泊していた、、二人とも3~40代の男性でDaya Ram氏に聞いたところによると一人は仕事、もう一人は旅人のようで、二人とも長期滞在しているとのことだった、、会えば挨拶は交わしたが、すぐに話しかけてくる風でもなか…
天気の見込みがたたなかったので、もうカトマンドゥKathmanduへいってしまおうと思ったのは二つの可能性に賭けてみたかったからであった、、ひとつは単純にカトマンドゥの天気はここよりましかもしれない、ということ、、もうひとつはモンスーンの影響を受…
わずか数分顔をのぞかせたマチャプチャリ ポカラまでのバスは7:50発で515Rs だった、、ポカラまでは265kmだったが7~8時間かかるとのことだった、、300Rsの部屋は前日の800Rsの部屋と同じく扇風機の調節(強弱)が利かず役に立たなかったが、薬が効いたのか鼻…
何にもないところだと思ったのは実は大間違いだった、、確かにバイラワの街からは外れていて、何もないところだったのだけれど、そこは重要な場所だっのだ、、初めは気づかなかったが、荷物を置いて街ブラに出かけたとき、ホテルを出た通りの向こうがどうや…
デリー最終日(8/27)は、汽車の時間が夜の8時発だったから丸一日あいていた、、その一日をどうするかはちょっと難題だった、、荷物は預かっててもらうとして、夕方までどこで時間をつぶすか?あまり金をかけずに、できたら涼しいところ‥??思い浮かんだのは一ヶ…
それから8月の27日まで、わたしはデリーにいた、、その間なにをしていたかと、たいしたことはやっていない、、ほとんどだらだらしていたのだけれど、何もしてないということもありえない‥24日は二人の知人と会う段取りをとっていた、、一人とはそれ以前から…
飛行機からの写真;もしかしたら左からナンガパルバット、真ん中K2(一番右不明)ではないかと?? レーからのフライトは、去年はスリナガル経由だったが、今年の便はデリー直行であった、、で、去年はどちら側の席が山がよく見えるのかわからず、とりあえずスリ…
レー滞在は実質中2日しかなかった、、そのうちの一日が潰れてしまったのだ、、それでも一日はレーの街中徘徊のつもりでいたので、わたしは別にそれはどうでもよかったし、ツレもひとりでブラブラできたようなので、その点での影響は少なかったのだが、残る一…
11:15に出たバスは少し下ってインダス河を渡るとハヌーHanu・ダーDha方面への道が左方向から来ていて、その分岐を過ぎるとすぐにチェックポストがあった(パスポートチェックなし、ドライバーがパスポートを持っていったのは最初のところだけだった)、それを…
我々はそのシェアタクシー(正確にはシェアジープ?4駆)の最初の客で、まず向かった先は、どうやらそこがスリナガルのバスターミナルのようだった、、といってもバスターミナルから少し離れたタクシースタンド(タクシーの溜まり場をこの辺ではそう呼んでいる)…
インドの旅は2週間しかなかったら、よほど地域を限定しないと実りある旅は難しいかもしれない、、もしかしたらゴールデンルート<デリー~アグラ~バラナシ~コルカタ、余裕があればカジュラホ、ブダガヤがこのコース内にある>だけなら2週間でギリギリ可能か‥…
インドの旅で一番はずせないところといったら、やはりバラナシだと思う、、それでもすでに(たぶん)3回も訪れているので、わたしはどうでもよかったのだけれど、もしツレがもう一度いってみたいといわなかったらルートからはずしていたと思う、、彼女にとって…
Chaina Eastern Airlineのインド便はコルカタとデリーに就航しており、ルートの選択にあたりKolkata in , Delhi outを選択していた、、どちらを選んだとしても真夜中の離発着に変わりはなかった、、なのでKolkata着深夜の12時である、、入管<イミグレ>は簡単…
もちろん避暑なんていういい方は、偽装・レトリック以外の何ものでもない、、そんなおどけたことができる身分ではない、、ま、言ってみただけ、言わせてもらっただけ‥、、しかし謂れはともかく今年も8月中旬から約2ヶ月インド方面に出かけ、数日前に帰ってき…
すでに半年の旅から戻って4ヶ月がたってしまった、、旅ネタ以外に話題もないのでここも最終更新から一ヶ月がたってしまった、、あまりうまく生きてこられなかったのだから、それはそれで仕方のないこととして別に気にもしていないし、ま、日々次の旅のプラン…
前回ちょっと他のところにグアテマラ情報を投稿していると書いたのだけれど、そこにグアテマラの来かたを少し解説したことがあった、、メキシコからの陸路のルートを2~3紹介したのだけれど、実際それらを全部一度は通っていたし、来かただけでなく帰るとき…
その日から帰国まで約一ヶ月あった、、その間ほとんど動かなかったが、少しの見聞を追加しておこうかと思う、、まず、ベースはいつものアンティグア/ペンション田代であった、、が、このときはもう先も長くなかったし資金的にも厳しくなっていたので学校へは…
ポルトガルをあとにしてからも旅中旅はまだ続きました、、その旅の起点・終点はグアテマラ/アンティグアだったからです、、リスボン~マイアミは10時間近くかかってマイアミ着は21:00でマイアミ時間1月21日の16時だった、、アメリカはトランジットでも入国審…
ポルトーのそのホテルはWiFiが繋がったので、前日の宿探しの苦労と、その結果のひどいホテルに懲りてネット検索でファティマのホテルとリスボンのホテルを探していた、、その日が1月17日で予定としては18日にコインブラ、19日にファティマ、20日にリスボン着…
そのバスは懐かしいユーロラインのバスだった、、たしか2年前の中欧の旅はEurolineの2週間だったか3週間だったかの乗り放題ticketで東ヨーロッパ(中欧?)を回っていた(その旅もたぶん書いてると思う、、もうだいぶ忘れているのでやはり書いておいてよかったと…