まだ生きてます ! 久しぶりに戻ってきました。以下はまだ生きている(それもかなり元気に)証しの旅録です。いや昨年は、身内を含む同年代が何人か早い<お迎え>を迎えてます。いや、それはもうちっとも早すぎない年齢になってきているということを実感させられる年齢になってきているということだったのかもしれません。いつお迎えが来てもおかしくない年頃ということです。周りはその予備軍ばかり、かくいうわたしも耳は聞こえない、目は点眼の毎日、記憶力の衰えでかけている眼鏡を探し回っている毎日で、もうとっくにそれなりの覚悟はできているつもりです(先日遺書のような覚書の書き直しもしました)。最近は歩行に杖が必要になってきました、が、それでも生かされているのではなくまだ自分で生きている、生きれてるという意識は衰えてはいない、せめてもう少し、生きれる限り生きたいように生きていこう、わたしがひそかに拍手を送っている和田秀樹さん(ご存じの方も多いと思いますが、我々より一回り近く若い、老人専門の精神科の医師)の教えを実践していこうと思っています。
で、たぶんにわたし流の解釈ですが、和田先生の後期高齢者の生き方の実践とは、動けるうちはやりたいこと、好きなことを我慢せずにやる、といった当たり前といえば当たり前の生き方、だんだんそれがおぼつかなくなってきているのも目の当たりにしてますが、とりあえずは身体的経済的にできる限り、ということでの実践ということになります。で、そのための今のわたしにとっての第一関門として、わたしは旅屋さんですから、まずパスポートをどうするかという問題があったのです。わたしの何冊目かの10年パスポートは本年(2026)の7月が期限切れ、ただ、今はパスポートの残存日数6か月以上を条件としている国が多く、それだと本年1月以降はどこにも出かけられなくなる。和田秀樹氏の著作を読む前は、60年間世界を旅してきたのだから、もういいかっ?そろそろ卒業するか?という考えもよぎったのですが、和田先生だけでなく、大御所の養老孟司御大や池田清彦氏らの著作に接していると、(旅に関してだけだけど)いやまだまだやれる、やらなくてはという心の声が聞こえてきます。もちろんこれまでの旅のスタイル(バックパッカーひとり旅)は難しくなるだろうけど、スタイルはどうあれ旅は続けられるだろうと今年の一月に申請に行ってきました。実はそこでも迷いが生じました、5年用にするか10年用にするか、もう一つはその時はじめて知ったのですが、本年夏にパスポートの申請手数料が改正になってだいぶ安くなるらしいことを知ったのです。では夏まで待つかという選択肢もあったのですが、まだ元気な今年前半にどこにも行けないのは何とも惜しいではないかと感じて、では、とりあえずで5年用でとパスポートを申請したのでした。今は10日くらいで発行され(驚いたのは申請者の少なさでしたが)新しいパスポートを手にすると、では手始めにどこへ行くかと早速検討に入ったのでした。もとよりこの時期、日本の冬場の寒さに耐えられないわたしは民泊の閑散期でもあったのでこの十数年、毎年南の暖かいところへの脱出を恒例としていましたから、場所探しと航空券探しに移り、避寒以外に特に目的があったわけではなかったので、航空券の手ごろさと赤道直下なら寒いことはないだろうと、それだけの理由で2月の11日にマレーシア・インドネシアを目指して旅発ったのでした。以下は<独歩のひとり旅>何回目かの最後の旅とうたった記録です。

まず目指したのはマレーシアの首都クアラルンプール、結構焦ってticketを探したので、超安の往復航空券(5万円台)は見つけることができず、ま、6万円台前半ならいいか、でticketをget、が、この時慎重さを欠いたため後で重要な失敗には気づくのでした。いや、ある意味この旅は失敗の連続で、ある程度は予測していたというか、ま、それが78歳のじいさん旅の宿命だろうと最初から覚悟はしていましたが・・、、で、最初の失敗(というか悔しい思い)は、偶々その日は雨だった。おまけにそれほど寒くはなかった、これがわたしにとっては好都合だったのは、傘を杖代わりにできたからで、そのままその傘をずっと杖として持ち歩こうと思って成田までいけたのはよかったのだが、あとから思えば当然のことsecurityは通らなかったのだった。で没収となり(参考のために申し上げておくと¥1600で手荷物扱いにしてくれるとのことだったが、最初から捨てるつもりだったビニール傘に¥1600も払う気にはなれなかった)、それで雨具を他に持参してこなかったことに気づき、心配の種を一つ抱えたのであった。
Batic Airという初めて乗るLCCは日本人は少なく7割がたの乗車率、ほとんど若い人ばかり、うーん乗ろうと思えばflag airかビジネスも可能だったかもしれないが、もう貧乏旅が常態になっているのでレベルを上げられない、ま、LCCだからサービスはそれなりで安さが取り柄に甘んじた。機内販売のランチBoxも買わず乗る前に買ったカレーパンとペットボトルのコーヒーで済ます、このコーヒーも空港の搭乗待ちロビーで買ったのだが、家から持ってきたコーヒーはやはりsecurityを通過できなかった(これもボケの証拠でもう何回もというか毎回没収されている)のだ。たぶん離陸時点で1時間くらい遅発になっていたと思う(10:25→11:15)クアラルンブール着も日本時間18時半着は30分遅れのマレーシア時間17時半だった。
マレーシアは、たぶん今回で3回目だったと思うがよく覚えてない。というのも最初は1990年頃、2回目は1995年頃(記録をたどれば正確な年も明らかになるがあまり意味はないのでそこまではしないが)いずれも前世紀の話である。よって極端に記憶力の悪いわたしにとっては覚えていることはほとんどない、ましてや当時から東南アジアの優等生は、著しい発展を続けてきておりその変わりようからすれば、初めてに等しい訪問であった。全く勝手知らない入管順路に戸惑いながら人々の後についていくしかなかったのである。ともかく相当な混雑であった、電車に乗って降りたところがイミグレのあるフロアで、長蛇の列の後ろにつく、が、これが案外早く進んで自分の番が来たときそれが自動入国審査機?(auto immigration?ついでに申し上げておくと、マレーシアは入国前にMDAC<Malaysia Digital Arrival Card>というon lineによる入国カードの登録が義務付けられている)だったことがわかる。passportのチェックと指紋の撮影だけでイミグレ通過、よって入国のスタンプは押されずじまい、これが数日後の出国の時に少々ややこしいことになった。
さて、そこからがまた大変で、でかすぎる空港でどこへどう行ったらいいかがまるっきりわからない、というか今時は何と、こんなどでかい空港にinformatioなるものを見つけられなくて、こちらはインフォメーションの場所を聞くインフォメーションを探すことになった。結局それはサインボード(案内板)しかなかったのだが、ようやくそこにLimousin bus 乗り場を見つけ、それはLEVEL2になっていたが、ではどうやってそこに行けばいいのか、そうやって右往左往するのが78歳の旅人の実態なのであった。
知っていればすぐに行きつけたであろうリムジンバスのticket counterに行って、その時は18時を過ぎていたと思うが、一番早いMalacca(現地表示はMelakaという表記が普通)行きのバスticketを要求したところ、カウンターのおばさんは22時半のバスしかないとのことだった。その日の宿はKLIA(kuala Lumpur International Airport)からリムジンバスで2時間と聞いていたからMelakaのAirbnbに予約してあった。宿のオーナー(ホスト)からは空港→Melakaのバスは結構出ていること、2時間でMelakaのバスターミナルに着くがそこから連絡くれれば迎えに行くという返事をもらっていた。確かにバスは何本も出ていたようだがすべて満席だったのである。いや、そのバスだとMelaka着は0時を過ぎてしまう、それはいかにも遅すぎるだろうと思ったので躊躇したが、それ以外にその日のうちにMelakaにたどり着ける手段はなかったのである、やむを得ない、そのバスしかないのならそれでいくしかないかとticketを買おうとしたらクレジットカードは受け付けないといわれる。急いでATMの場所を聞いて一階上のレベル3に急ぐ、それはすぐに見つかったのでマレーシア通貨のMYRリンギットをとりあえず500MYRを引き出せたのまではよかったのだが、すぐに引き返したticket counterで、もう売り切れたといわれたときは、真っ白にはならなかったがどうすりゃいいんだと頭を抱えてしまった。なんとそのticketは最後の一枚だったようで、そのおばさんにkeepしておいてといったのにといってみたが、そればおばさんの言うとおり、マレーシアのbus ticketはすべてon lineシステムだからそんなこと言われてもどうすることもできない、とのことだった。で、次のバスはと聞いてみたがそれは明朝とのことであった。その日の到着は諦めて、ではどこで寝られるか、あるいはカプセルホテルのようなところはないのか、とインフォメーションでも何でもないそのおばさんに聞いてみたところ、何と素晴らしい返事が返ってきたのだった。全く思いもしなかった情報だった、そしてその情報は当たっていたのだ。そういう意味では誠に親切なticket売り場のおばさんだったのだ。彼女はそのKLIAバスterminalから北方向、Malaccaとは逆方向に1時間くらいのところにクアラルンプールのバスターミナルがある。そこまでのいくバスがもうすぐ出るからそれに乗ってTBS <Terminal Bus KL Sentral>バターミナルまでいけばもしかしたらMelaka行きのバスがまだあるかもしれない、と言ってくれたのだった。その時はすでに19時を回っていたが半信半疑でそれにかけてみたのだ。Melakaまで2時間のところを逆方向に北に1時間も戻るのがなんとも心もとなかったのだが、19時20分に出たシャトルバスは高速を1時間10分かかってクアラルンプールのバカでかいバスターミナルに20時半に着いたのだった。ですぐに、そこのticketカウンターに行くとなんと21時発のバスがあるとのことだった、しかも不思議なことに距離が半分のKLIA~Melakaのバス代が35.0MYRだったのに、距離的には倍以上あったTBS~Melakaが16.1MYRだったことの不思議(時間帯によって価格が変わる?)だからKLIA~TBSのバス代13.0MYR入れてもその方が安かった、しかも買い損ねた最後の一枚のticketより1時間半も早く着くという不思議、これを奇跡といわずなんといえよう !!??
















































































































































