独歩の独り世界・旅世界

他のサイトに書いていた'独歩の独り世界・旅世界'を移転しました

『独歩爺最後の旅』ネパール篇 1,オーランガバード~デリー~カトマンズへ

またまた言い訳から始まる世界一周最後の旅<ネパール篇>というのも我ながら呆れるというか恥ずかしさいっぱいである。その言い訳というのは例によって気力・体力・視力(&資力)の衰えに始まるボヤキである。正月元旦早々に飲み過ぎて自宅の階段で転倒し家族や宿泊客にに迷惑をかけてしまい、幸先悪い今年の出だしであった。これらは、すでに後期高齢者の仲間入りをしてしまった同世代が、いずれもみんな元気に活躍している姿を見せつけられるにつけ、己の不甲斐なさを嘆きたくもなるというものであった。ま、そんなことで2023年の<独歩爺最後の旅>の結着を同年度中に片づけられなかった不甲斐なさとも直結していて、もうインド篇の終了をもってこの旅録へこだわりも捨て去ろうかと思い悩む今日この頃で、残るネパールでの悲惨は書いても誰も楽しくもうれしくもない、ましてや楽しみにしている人ゼロのこのブログの終焉も間近になっているのであった‥

 

で、少々思い直して再挑戦である、時は一年前の3月14日がオーランガバドからデリーを経由してネパール/カトマンズへ発つ日であった。その朝はちょっと悲劇であった、朝はいつも通り早く起きていたが、その朝初めて断水しており間の悪いことに歯磨きして口を漱ぐ段になって気づき、口は漱げない洗顔はできない、mailでRachnaを呼んでも返信がなかったのである(どう乗り切ったのか覚えていない、ミネラルウォーターがあったのか?)。そのうちRachnaが起きてきて朝食をlunch boxに入れて持ってきてくれた、誠にありがたかったのだがわたしの不機嫌は収まらず、おまけに約束の6時になっても頼んでおいたTukTukは現れずで、それまで良くしてもらっていただけに修行の足りないわたしは怒りをあらわにした別れとなってしまっことを、後から悔やむことになった(もちろんレビューでは最高点をつけたが、Rachnaには申し訳なかったと思っている)。そのTukTukドライバーがこれまた年配者で、飛行場までの道中気を揉みっぱなしであった。ま、それでも何とか離陸1時間前には空港についたが(230Rp+tip20Rp)、そのあともセキュリティでなんかいろいろ引っかかったりして、どうもインド最後の印象を悪くしっぱなしとなった(この時水を買う時間がなくそれもあとあと響くのだった)。7:40に離陸したAI444はデリーまで約2時間のフライトで、デカすぎるデリーの空港は同じAir Indiaだったからか乗継便とターミナルが一緒で、Transitの手続きは比較的簡単に済んだが、搭乗待ちgateでRachnaの作ってくれたlunch boxを開いて食事をとろうとして売店にいってみると水70Rpコーラ100Rpに驚かされるのであった(4~5倍の価格)。デリー~カトマンドゥも2時間のフライトとなっていたが、これは時差15分を含んでおり、実際は1時間45分のフライトでカトマンドゥ着は14時半だった(残念ながらヒマラヤは雲の中だった)。そこまではまぁまぁ順調、が、この後爺さんは苦労することになる、つまりarriving visa これがまずどこで何をしてどういう順序でどこへ行けばいいのか全く分からず、また操作が全てタッチパネルというか、パネル操作で写真を撮ったりする手段等皆目わからずでウロウロして1時間以上かかったと思う(もっと係の人を増やして親切に教えてくれてもいいと思うのだが??)。ま、それでも最後は15日間30ドルの支払いを済ませて、エチオピアの二の舞を踏まずに無事入国することができたのだった。

デリーの飛行場か?

カトマンドゥTribhuvan国際空港のタクシーブース

カトマンズの宿は数か月前からコンタクトを取っていたところがあって(常宿ではなかったが、今後があればそうしたいと思う当たりの宿だった)そこは以前日本人社員も駐在していてネパール観光、トレッキング・登山の手配をしてくれるトラベルエージェンシーも兼ねたホテルで、数か月前に情報を聞いた縁で予約を入れてあった。良心的な価格で空港送迎もしてくれるとのことだったので、出迎えも頼んであった。そこの社長さんが自ら出迎えに来てくれて何年ぶりかのカトマンドゥThamel地区に投宿した。すでにカトマンドゥも4~5回に来ており、また今回はそこの人の良すぎる社長Laxman氏が全て仕切ってくれていたので何の心配もなかった。その日は懐かしき街、相変わらずツーリストや地元民でごったがえすThamelの路地を歩き回り、ATMでNepal Rpをおろし、酒(ロン)ビールを仕入れ、つまみを探して、lunch boxの残りとAir Indiaの機内食にでたパンで夕食とする、カトマンドゥはいつ来ても寛げる街なのであった。

Thamelの一画 カトマンドゥの路地の風景

さて、次の日(3/15)は日本からとある女性が訪ねてくることになっていた。ま、誤解のないよう説明するのが難しいかもしれないが、誤解されたいくらいの美しい人だった、彼女とはこの旅に出るときからラインで連絡は取り合っていた。というのも、インドで先発隊の役を担ってくれた女性(この方はHさんといってこちらも魅力たっびりな美人でかつ旅人でもあった)の友人だったから、この3人のグルーブラインができていたのだ。そのムンバイからの先発女性Hさんは、この時バラナシにいてネパールに向かっていたのである。次の日カトマンドゥの空港に出迎えるIさんを連れてポカラまでいき、そこで3人は落ち合うことになっていたのだった。

その3月15日、昼間は日本との連絡、街ブラ、日本人旅行者の多いカトマンドゥ(特にThamel地区)には日本食レストランやカフェが多く、その一軒で久しぶりに日本食をいただく(かつ丼460Nrp,1Nrp=1円?)。そう、ネパールルピーは日本円とほとんど同額だったのでわかりやすく、買い物や飲食時に計算不要であった。で、日本食は少し安く感じ、他のものは総じて安かったのだが、以前に比べるとその格差はなくなってきているように感じるのだった。そして夕方からLaxman氏と空港へ出かける。彼女の到着は16時半となっていたが、少し出発が遅れているようだったし、彼女もarriving visa(やり方をラインに入りておいたが)だったから18時前に姿を現すことは考えられなかった。我々は17時半に空港着、そのころから同じ便と思われる乗客が次々と出てくるも彼女の姿はなし、18時頃日本人の若い女性がでてきたので聞いてみる。やはり同じ便だった、彼女も一人旅でホテルは予約済みのようだったが、そこまでの足はないとのことだったので(そのホテルは我々のホテルに近くLaxman氏も知っているところだったので)我々の車に乗るように勧める。しかし我々の待ち人は18時半過ぎても現れず流石に焦ってくる(あとから気づいたことだけど、空港のWiFiにつなげられなくてわたしとのラインができなかったことがうまく出会えなかった原因の一つ、わたしの落ち度であった)。出迎え人は空港ビルに入れないのだけれど、それに気づいて出迎えエリアから少々越境して館内入り口近くにいったときに、彼女はわたしを見つけてくれたのだった。1時間半待ちで19時に無事落ち合えて出迎えの車でThamelに戻る。その縁で偶々出会ったLisaさんもチェックイン後に一緒にご飯を食べよう、ということになり、Iさんの無事到着、無事合流を祝してわたしにとっても久しぶりの宴となったのであった。

Laxman氏の宿は経済的なホテルだったが(一泊1400Rp)朝食がついていた

その流れで日程的に問題がなかったので、次の日(3/16)も行動を共にすることになった。というのもカトマンドゥ観光には車があれば効率的かつ楽に廻れることはわかっていたので、3人なら割り勘で負担は軽くなる、で半日観光というか4時間くらいの観光にLaxman氏に頼んで車をチャーターしてもらったのだ(4時間40ドル、一人13ドルは安上がりであった)。その時廻ってもらったのは①Boudahnath ボダナート (中心部から東に7kmのところにある巨大なストゥーパ、巡礼者が絶えない) ②Patan パタン(カトマンドゥの南に位置するネパールの古都) ③Swayambhnathスワヤムブナート寺院(目玉寺として有名な中心から西方の丘の上にあるストゥーパ、ここからカトマンドゥ市街の展望がよい)の3ヶ所で、わたしは何回か訪れていたが、すでにだいぶ時がたっていたし、いずれもカトマンドゥのシンボル的場所だったから同行させてもらう。9時半からスタートして最後の(カトマンドゥの目玉)目玉寺の頂上まで車で運んでもらって13時半、そこからは見物して市街展望を楽しんでから歩いて帰った。その夜もこの3人で、この時はチキンほかをtake outしてワインをボトルで購入してきて、部屋での宴会となった。こうして旅先で知りあったLisaさんとはそこでお別れとなる、で、次の日(3/17)これもLaxman氏にticketをお願いしたDeluxeバスでPokharaポカラに向かったのであった。

 

Boudahanath ↑↓

 

Boudahanath前の通りの賑わい ↑

古都Patan ↑↓ 10枚くらい?

ここにお仲間二人が写っていた

ここから出たのだが、ここがPatanの入り口だったのかもしれない

Swayambhnath 目玉寺 ↑

目玉寺からカトマンドゥ市街 ↑↓ 2枚

急階段を下るわれらが仲間二人

Swayambhnathの長い階段を下ったあたりの食堂で昼食をとったがどちらかというと
無国籍料理っぽかった

我らがお仲間紹介 左が Iさん 右Lisaさん 無断掲載なのである日突然消される可能性あり