独歩の独り世界・旅世界

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一年半ぶりのタイ 最終回 アユタヤ Ayutthaya

  そこが日本人街のど真ん中ということを知らずにそのホテルに決めた理由がもう一つあった。ちょうどその辺りがBTSシーロム線とバンコクの地下鉄MRTが交差しているところで、BTS/Sala Daeng駅とMRT/Si Lom駅がその乗換駅になっていたのだ。何故そのことにこだわったかというと、実は前々日の予定の消化具合で前日中にバンコクに戻れることが明らかになってホテルの予約をしたことを前回書いたが、ということは最終日をどこでどう過ごすかが問題となってきていた。今回の旅は出発便・帰国便だけはすべて予約済みだったが(航空券は早めに、しかも往復で取得する方が全然お得だったから)、その間の予定はまったく何も決めてなくて、その時その時、いわゆる行きあたりばったりの旅となっていた。で、その帰国便は真夜中の3時頃発だったから、ま、空港には夜の10時か11時に着けば間にあったのだが、いずれにしてもまるまる15時間ほどどこかで時間潰しをしなければならなくなっていた(当初の予定では、どこへ行ったにしろ、そこから午後または夜バンコクに戻って、そのまま空港直行するのが一番いいだろうと考えていた、前回のシーサケート→ドンムアンのように)。ガイドブックは持ってなかったから、記憶を頼りにどこか適当な暇つぶし場所はないかと頭の中で探していて浮かんだのがアユタヤだった。アユタヤはタイの中では世界遺産の街でもあったから、有名な観光地の一つだった。が故に、ともいえるのだが、わたしはたまたまその地はまだ訪れたことがなかったのだ。ただ、何回か列車で通過したことがあったから、そこはバンコクからそれほど遠くないことは知っていた。また、もしそこへ行くとしたら鉄道の方が安くて便利だろうとも思っていた。で、もし鉄道を利用するならやはり起点のファランポーンHua Lamphong駅からとなるだろう、そうするとそこへはMRTで二つ目の駅Si Lom辺りが宿泊場所としては便利ではないか、ということだったのである。こうして次の朝は、割としっかりした朝食を日本人の常連さんと思しき人たちを眺めながらいただいて、時間はたっぷりあったから特に急ぐ必要もなく、(夜と朝の落差がこれほど著しいところも珍しいのではないかと思えた)その界隈を少し歩きまわってから、9:30少し前にそのホテルをチェックアウトした。

Img_8938この写真でそのホテルがわかる人がいたらたぶん常連さんだと思われる、、

ホテル界隈の朝;3枚Img_8941
Img_8942夜はまともに歩けない歓楽街?
Img_8947このあたりの看板はほとんど日本語だった、、

バンコクのシンボルの一つになっているルンビニ公園;2枚
 Img_8945Img_8946_2この地下にMRT/Si Lom駅がある



 地下鉄で二駅だったから、9:50にはなじみのフアランボーン駅に着いて、アユタヤまでは各方面にいく列車が数多く走る路線だったから10:05発の列車に乗っていた。わたしの持っていた時刻表では、1時間20分ほどかかる普通列車だったが運賃が20Bだったのにはしびれてしまった。日本円で70円、それで有名な観光地へ行けたからである(ちなみにMRT/Si Lom~Hua Lamphong二駅間は10分で19Bだった)。この列車には旅慣れた外国人旅行者も多く乗っていて皆アヤユタヤで降りた。アユタヤ着は11:25、流石に世界遺産の街だけあって観光客でごった返していた。有難かったのは観光案内ブースがあって、観光客に無料で地図を配布してくれていたことだった。地図をもらって荷物預かり所を探す、6~7kgほどの軽い小さめのバックパックだったが、預けられるなら預けたかった。駅舎の中にあったそこは一日10Bで預けることができた。これも世界遺産効果というものだろうか?というのも最初はいったんドンムアンの空港によってバッグを預けてから行くことも考えたが、面倒だったのでそうしなかったのだけど、空港だと1個につき24h75Bだったことをあとから知ったからだ。世界遺産の街になると何でも高くなりそうだったが、タイ国鉄は誠に良心的に思えたのだった。

 かなり身軽になって、夜の上り列車もかなりの本数あることを確かめて駅舎を出る。観光ツアーやタクシーなんかの呼び込みをかき分けてわたしはモーターサイドライバーを探す、、最初からこのアユタヤ見物もモーターサイを利用するつもりだった。問題は価格の交渉、相場を知らなかったから果たしていくらくらいで交渉が成立するものか予測できていなかった。駅前の通りを渡ったところにその溜まり場を見つける。幸いに旅行者はわたし以外にはいなかったので、すぐに声をかけてみた。英語も多少通じた。ボスらしい男に1時間いくらで雇えるのか聞く、200Bとの返事、では2時間なら?400と言ってきた。さらに3時間ならと聞いてみた。ようやくこの男も理解したようだ   。そ う、わたしは暗に3時間ならもう少し安くならないのか?と聞いたつもりだった。それをわかってくれたようで、500Bでいいといってくれた。本当は1時間100Bくらいで何とかならないかと思って、少し遠回しに聞いたのだけれど、ま、相場は1時間200Bくらいらしいことがわかったので3時間500BでOKした(しぶとくやれば450Bくらいまで下がったかもしれないが、もうそんな根気はなくなっていた)。12時~15時500BでOKすると割と年配のドライバーをあてがってくれた。英語はほんの少しわかるようだった。で、地図はもらっていたが、それを見ただけではどこが重要ポイントかわからなかったので、もう回り方はすべて任せる、どこでも適当に連れてってくれるよう、ただし一ヶ所だけは外さないでくれと頼んだ。その場所は山田長政で有名なかつての日本人町跡だった。彼はそれを理解してくれ、最初にそこに連れてってくれた。はっきりいって世界遺産の街といえど、わたしにはほとんどどうでもよかったのだ。こういっては語弊があることを承知でいえば、このアユタヤさえもたまたま時間が余ったから、ならばこの辺くらいしかないだろうと思ってきてみたに過ぎなかった。正直いってタイの何世紀か前の遺跡群や、有名な寺院なんかにほとんど興味はなかったのである。だから一応写真を撮ったりはしたが、それが何なのか、何で有名かは説明されてもわからなかったし、ほとんど現場ではちんぷんかんぷんだった。写真の説明は帰ってから図書館で借りたガイドブックを参考にして書いたものであることをここでお断りしておく、それでもアユタヤは結構楽しめたのだった。以下その断片を記しておきたいと思う、、

 最初にいった日本人町跡は、たまたま日本人の団体さんグループと一緒になって、そこの研究センターで上映されるビデオを一緒に見た。大変わかりやすくていいビデオだったが、当時はかなりの日本人が住んでいたこと以外はもうほとんど忘れてしまった。実際の街があった当時よりも面積はかなり縮小されてしまっているだろうが、その場所に記念館や庭園が造られていて、最も興味があったのはそこがバンコク、そして外洋に通じるチャオプラヤー川河畔にあったことであった。昔御朱印船が接岸したであろうところは今風のPierとなっていて、そのそばに山田長政の像が建っていた。

日本人町跡;9枚

Img_8949_2Img_8958Img_8950Img_8951Img_8952Img_8954Img_8957Img_8959_2山田長政Img_8956チャオプラヤ川と今の船着き場

 

 次に訪れたところは大きな寺院(たぶん有名なところ?大きな大仏の鎮座するさWat Phanan Choeng)、ここでも面白かったのはその寺院も川沿いにあって、その川というか運河を見たこともない長さの連結された運搬船が蛇行していく姿だった。次がWat Yai Chai Mong Khon 大きな仏塔が建っていた。アユタヤも相当暑いところだということを実感してくる。そうなると余計仏跡もどうでもよくなってくるのである。

Wat Phanan Choengだと思う、寺院名等は後から確かめたもの;3枚Img_8963Img_8964_2Img_8961寺院の脇を流れる荷物運搬船(この巨大な艀が5連結?6連結?これは見ものだった)

Img_8966Img_8967Wat Yai Chai Mong Khon;2枚

Img_8968街中のPagoda Wat Sam Pluem



  それでもそこ(Wat Yai Chai Mong Khon)からメインの史跡、王宮跡(Ayutthaya Historical Park)までは結構距離があって、バイクの後ろに乗っている限りは暑さを感じない。着いたところは遺跡公園のようになっていて、暑さの中そこに入場する観光客が列をなしていた(入場料50B)。ドライバーを外で待たせて、中を散策 Wat Maha That 、 Wat Rachanaburana、 もうここは暑すぎて30分くらい歩きまわっているとほんとにどうでもよくなってきた。で、木陰に休みにいったときに面白いもの?を発見、トカゲが巣穴から顔をだしたのであった。こいつがたまらなく可愛くて、ずっとその写真を撮っていた。遺跡なんかよりはるかに楽しめたのだが、そこは遊歩道から離れていたから、誰もそれに気づかずに、わたし一人暑さを忘れて楽しんでいたのであった。

Wat Maha That、Wat Rachanaburana ;6枚Img_8969Img_8972Img_8973Img_8975Img_8976Img_8977タイとカンボジアの仏塔・仏跡はやはり似たような感じでインドの影響を残してることは見てとれた、、

尾まで入れると50cmくらい?こいつは結構かわいかったのである;3枚Img_8979_2  Img_8981Img_8983

遺跡巡りのルートから外れていたので誰も気づかないImg_8986 


 そこからは同じ公園内にある次の場所までバイクで移動(これも歩くには遠すぎ、暑すぎ)、そこはWat Phra Sri Sanphet 、Mong Khol Bophit 、またバイクに乗って寝釈迦仏Wat Lokaya Sutharam、ま、この公園だけで1時間半くらいいたか?しかし主だったところは後からチェックしてみたら、ほとんど残さず案内してくれていたのだった。暑さもあったし、あとは少し郊外にあるから時間的に無理ということで、わたしもここを最後にOKして戻ることにした。

Mon Khol Bophit 大仏が中に祀られているImg_8989

Wat Phra Sri Sanphet 王室守護寺院;2枚Img_8992Img_8994

寝釈迦仏のWat Lokaya Sutharam Img_8995

Wat Phra Ramに似ているが場所が違うので名称不明Img_8997Img_8999Wat Worachettharamか?


 そして帰り道にアユタヤでの最大の見ものを出会う、、何と先ほど公園内で撮ったトカゲの3倍はあろうかというオオトカゲだった。そんなのが道路を突っ切っていたのだ。ドライバーがすぐにバイクを止めてくれたので写真に収めることができたが、尻尾までの長さ1m以上あったのではないか?いや、街中でそんなオオトカゲが生息している(たぶん遺跡公園内に、だと思うが)のに出会って、漸くわたしはこのアユタヤを気に入り始めていた。駅前のモーターサイ溜まりまで戻って、とても感じがよかったし十分な案内をしてくれたので、tipをどうするか迷ったが、このおっさんドライバーに500Bを渡しただけでそこを後にした。結局チップはあげなかった、tipの習慣はなかったはずだし、500Bはけっこう大金だと思ったからだった(この辺は微妙だと思う、いつも悩む、正解はないはずだし、こちらの懐具合と気持ちのバランスなのだろうが、そもそもわたしはケチなのだ、だから嫌われるのである)。

先のトカゲとこのオオトカゲを見てわたしはアユタヤを気に入り始めていた、、;3枚Img_9001Img_9002Img_9003


 食事をとろうと付近をぶらついてみた、いい按配に屋台のラーメン屋があって、この辺はツーリストエリアだけあって、屋台のお兄さんはちゃんと写真入りのメニュウを用意していたので、そこからうまそうなタイ・ラーメン(40B、何ラーメンだったかもう忘れてしまった)を選んでプラス10Bでご飯もつけてもらう。とても満足ゆく昼食となった。そこから駅に戻ったがまだ16時前、そこで何時頃の列車に乗るかチェック、遅くてもかまわなかったが、かといってここでももう時間は潰せそうになかった。18時台、あるいは19時台に乗るつもりで、あと数時間ぶらついてみることにして、また通りを渡ってとある路地に入っていった。そこも知らずに入ったのだが、知っていたらもっと早く来るべきだったと後で後悔する。そこで思ってもみなかった発見をしたのだった。路地を行くと向こうから女子学生風、あるいは一般の地元民風の人たちが何人か歩いてきたので、何があるのだろうと思ってその先までいって、漸く知ることになった。そこは運河になっていて渡し船が行き来していたのである。手前のお店が料金所になっていて、聞いてみると片道5Bとのこと、一艘の渡しがこちら側と対岸をいったり来たりしていた。なんとのどかな光景だろうと、まず何枚か写真を撮ってわたしも5B払って乗り込み対岸に渡った、ものの5分もかからなかった。が、素敵なボートトリップであったのだ。対岸に渡るとそこは観光客のほとんどいない、アユタヤの庶民の街が広がっていた。この街ブラがまた良かった。特に印象に残ったのは、絵画・写真を売る、写真館なのか美術工房?あるいはスタジオといった感じのお店が数件並んでいたことだった。人通りも交通量も少なめだったが、庶民的な感じの商店街が何とも味わいがあった。その界隈をぶらついて、駄菓子やお土産になりそうなちょっとした小物をいくつか仕入れたりしてささやかな喜びに浸っていた(後で近くに市場があったことを知るがその時は気づけなかった)。それでも時間はそれほど潰れなかった。対岸からこちらに渡ったときに、川辺に素敵なレストランがあるのに気付いていた。喉も渇いていたので、その店を探すとすぐに見つかり入ってみた。ま、外国人観光客向けの店だったが、メニュウを見てもそれほど高くなかったというか、その時はビールが飲めればと思っていた。90Bはレストランとしては普通の価格?だったからそれだけ頼んで1時間ほど粘らせてもらった。川風が気持ちよく、行き交うlong boat (Wat PhananChoengで見た荷物運搬船)が行ったり来たりしてて、それを見てるだけでも楽しい気分になってきた。そしてだんだん暮れてきて、対岸に灯が灯り始め、何とも美しい夕景となっていった。そこにあって、わたしのアユタヤに対する想いは頂点に達しようとしていた。それは特に予定もせずに流れてきてみたのだが、結果においてというか、終わり良ければ総て良しといった意味で、アユタヤもまたこの旅もなかなか良かったではないかという満足感であった。アユタヤ、思ってたより楽しかったではないかという好印象を抱いて19時ころの汽車でドンムアンに戻り、空港で4~5時間の待機を余儀なくされたが、11月17日朝10時半に一週間の旅から戻ったのであった。

Img_9005満足のゆく昼食(屋台飯)

知らずに入った路地Img_9023Img_9006渡しの乗り場だった、左の店が料金を徴収

Img_9007Img_9008   対岸から渡しがやってきた
Img_9024対岸の船着き場が見えている、この写真の左端に川辺のレストランが写っている

Img_9011わたしも乗り込む、5分5Bのボートトリップは別世界に連れてってくれた。

乗ってきたボートが戻っていく、向こう側の船着き場が駅から5分のところ、、
Img_9013 Img_9021さらに上流?の風景

 対岸は旅行者のいない庶民の街で、この卵を使った屋台フード(飲み物)は女性に人気があるようだった;2枚Img_9016
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街ブラして喉渇いて我慢できなくなって、ここに落ち着く;5枚
Img_9027この栓抜きをお土産に分けてもらう

Img_9036
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Img_9030Img_9033 最高の場所だった、、行き交うロングボート?を眺めているだけで飽きなかった、、


再びボートで駅に戻った、、
Img_9039



以上で昨年のタイの旅を終わりとします、参考までにかかった費用の概算を、、

1)飛行機代;3.3万円 2)現地交通費;932B:3200円 3)宿泊代;3泊 6000円 4)飲食代;2032B:7000円 4)入場・観光(アユタヤのモーターサイもここに入る);1090B:3700円 5)土産 tip & donation トイレ等 その他として;371B:1300円 合計日本円で54000円?飛行機代3.3万円を引くと現地滞在費21000円(二泊は友人宅泊)で一日あたり3000円?、ま、予算一日5000円みておけばわたしレベルの旅は楽勝かも知れない、、??

< 2019/1/3 pm;12:15 了 >