独歩の独り世界・旅世界

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一年半ぶりのタイ 2,スリーパゴダパスthree pagodas passとサンクラブリSangkhlaburi

 カンチャナブリの近くは自然環境に恵まれ、国立公園が結構あって、多くの滝や洞窟、エレファントライドやカヌー、キャンプ、トレッキング、トラを飼いならして一緒に写真が撮れるタイガーテンプルといった見どころが数多く、クウェー川鉄橋とあわせて多くのツアーが組まれ、それで一大観光地になっていたようだが、いずれにも興味はなく、かといって半日でクウェー川鉄橋周辺は歩いてしまったから、当所の予定通り次の日はサンクラブリー、スリーパゴダパスに向かうことにした。スリーパゴダパスというところは、昔からミャンマーとタイの国境になっているところで、そこには三つのパゴダが鎮座しているということだったので、元々国境には異常な興味をもっていたので、日本人はその国境の行き来はできないということは知っていたが、ともかく行けるものならそこまで行ってみたいと思っていた。ただ、そこへはどうやって行くのか、どのくらいの時間がかかるものか全くわかっていなかったのだけれど、バスがあること、普通はサンクラブリーという村までいってそこで乗り合いトラック(ソンテオ)に乗り換えていくらしいのだけれど、日に数本カンチャナブリからスリーパゴダパスまで直通でいくミニバスがあることを前日ここのインフォメーションで教えてもらっていた。で、宿のレストランで朝食が100Bとのことだったので、朝食をいただいてから7:20にチェックアウトして昨日降りたバスターミナルに向かって歩きだした。ターミナルまで15~20分くらい?7:50発のバスがあったが、どうやらそれはサンクラブリー行きのようで、スリーパゴダ?と一応聞いてみると若い助手くんが、ターミナルの向かいのオフィイスの前に停まっていたミニバンを指して、スリーバコダパスにいくにはあれと教えてくれた。そのオフィスにいって今一度聞いてみると、確かに8:40発で185Bとのことだった。そのミニバンはわたしを入れて10人ほどの乗客があった(あとでわかったことだがそのうち6人はミャンマー人だった)。定刻にでて国道323号を行く、、途中何ヵ所か軍の検問があり、パスポートチェック、その時乗客の女性たち6人がミャンマー人だったことを知る、ま、それは普通のことでこの区間は両国間の交易がけっこう盛ん?自由であることを物語っていた。左方に山並み、右はジャングルといったような道を進む、片側一車線だが道はいい、2時間くらい走って、ちょうど中間点あたりの大きな街トンパプムThong Pha Phumに着いた。この街は国道3272号線との分岐の街で、3272号線を辿るとやはりミャンマー国境の村ピロークPilok村へと続いており、道は険しそうだがこの道も面白そうだった。トンパプムの街には大きな寺院Wat Thong Pha PumとWat Tha Kanunがあって、どちらの寺の僧だったか定かでないが乗客の一人だったタイの坊さんはそこで降りた。

Img_8830タイは敬虔な仏教国、朝の托鉢風景はどこでも見られる、朝食時宿の前で、、

トンパプムThong Pha Phumの街の休憩地点で;2枚Img_8832Img_8833


 しばらくトイレタイム(ま、タイ語でいわれてもわからなかったと思うが、何分休憩とか言ってほしかった、無為な時間を過ごしてしまった)ののち11時ころ出発、乗客はわたしとミャンマー人だけになっていた。少し323号を戻ってクウェー川を渡って分岐を左折、いよいよ山登りが始まりそうだった、すぐにチェックポストがあり、そこからはかなり勾配のある、しかし完全に舗装された山道を行く。1時間くらいそんな山道を行くと左手に大きな湖Vijiaralongkorn湖、たぶんこれは下流のVijiaralongkorn Dam よって堰き止められたダム湖のようだったが、樹間にチラチラと見え隠れするようになった。しかし造られた風景にそれほど美しさは感じられなかった(私論だがどこのダム湖も美しさはないと思っている、もちろん日本でも)、そうこうするうちにサンクラブリの村とスリーパゴダパスへの道との分岐を12:10右折、すぐにイミグレの立派な建物があって、ミャンマー人6人はいくばくかの金とパスポートをドライバーに預けて、ドライバーは建物に消えた。5分くらいで戻ってきて、最後の一登り、そこから20分くらいで12:40にミニバンはスリーパゴダパスに着いた。が、タイ側の立派な道路の脇に小屋のような建物、ミニバンのオフィスがあって若者が数人たむろしていたが、スリーバコダは視界に入らなかった。その若者が、スリーバコダまで片道30Bとか何とか言っている、わたしの足元を見られた感じだ。いったいそこからどのくらいのところにパコダがあるのかわからない、どっちにあって何分くらいか聞きたいのだが、言葉は全く通じない(わたしはまったくタイ語はわからなかったから)。では往復で40B出すから連れてってくれと、ジェスチャーと20B札を見せながらいってみると一人の若者が、オレのバイクに乗れといってバイクを持ってきた。後ろに跨ってバイクが動き出したところで騙されたことがわかった。そこは坂になっていて、バイクが動き出した途端その前方にパゴダが見えたからだ。一分で到着、ふざけんなともちろん文句を言ったが通じるはずもなく、こんないかさまもあるのかと怒りつつも諦めるしかなかった。しかし、その若者は差し出した40Bを一銭たりとも受け取らなかったのである、、‥どういうこと??、、どうやらオチョクラレタようだった、、ジイさんはからかわれたのだ、タイの若者、いや彼らはモン族だからミャンマーの若ものに一杯食わされたのだった、、なんとも恥ずかしくもあり、口惜しくもあり、複雑な感情を抱いたまま、パゴダの周辺と国境付近を写真を撮りながら歩き回った。

サンクラブリーの手前15分くらいのところがミャンマー国境へ行く道の分岐点になっていて、カンチャナブリーからきてその道に右折したすぐのところにタイのイミグレーションオフィスがあった;2枚Img_8835Img_8834


スリーパゴダパスのワゴン車乗り場(左のワゴン車に乗ってきた)。そこからスリーパゴダは見えなかった。Img_8836Img_8837ミャンマーの若者がこの地点(まさにタイの道路の終着地点)まで乗せてきてくれた。上の写真の乗り場はそれでも向こうに見える山の手前辺り、、


 この時点では前回書いた本を読んでなかったから、正直言うと泰緬鉄道がこの峠を越えていたとは思ってなかったのである。わたしの思い違いというか記憶違いで、わたしはてっきれ連合軍によって橋は破壊されて、それっきり運行不能になって泰緬鉄道の構想自体が頓挫してしまったと思い込んでいた。ところが、峠にほんの数mの鉄路がそこを通っていた証拠品のような形で残されているのを見てびっくりしたのだった。泰緬鉄道自体は多くの犠牲者(先に書いたように枕木一本に一人の命)のもとに、どうやらミャンマーまでつながっていたことを前回の本で知ったのだが、であるならばいかほどに過酷な労働を強いていたか!?ジャングルを切り開き、峠を越えて1年3ヶ月で開通できるようなところではない、想像を絶していた。ま、その時はまさかと思いながら、その写真だけは撮っておいた。これはまさに負の遺産でしかないのだが、果たしてどういう認識のもとでの日本政府(あるいは民間?)の遺物なのだろうかと考えさせられた。

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 どんなパゴダが三つも並んでいるのかは興味のあるところだったが、確かにミャンマーのイミグレの前の広場におとなしくというか、整然と並んいた。やはり峠の国境というとてもシンボリックな地にあったからか少々の感動はあった。いつからここにあるのかくわしくはわからないままだったが、ここまで来た甲斐はあったように思えた。その周りにミャンマーの物産を売るマーケットが取り囲んでいて、やはり観光地としても十分に訪れる人が多いことを偲ばせていた。ミャンマー人の往来はそこそこあるようだったが、タイ人がミャンマーへ出稼ぎに行くことは少なさそうだった。わかっていることだったがミャンマー人のイミグレのオフィサーに日本人だけどミャンマーには入れないよね?と聞いてみると、タイ人とミャンマー人だけだとにこやかに答えてくれた。いつか通れる日が来たら是非ここからミャンマーに入国したいと告げてボーダーを後にした。国境付近にはタイの常駐軍の他に寺院などもあったが、もしかしたらその寺院が前回紹介した本の中にあった永瀬隆氏が建立した国境平和祈念堂で、その奥にあった建物がモン族の孤児のための寄宿舎だったのかもしれないと後から思った。30分ほどぶらついて、先ほどのミニバンのオフィスまで戻ったが、その道は登り坂だったこともあってそれでも15分くらいかかったかもしれない、そこで次のサンクラブリー行きのバスの時間を聞いてみたが、それは乗り合いトラックが逐次通るから来たら教えてくれるとのことだった。10分くらいでやってきたトラックの荷台の座席に乗り込み、他に4人の乗客(ミャンマー人だったか)とともにサンクラブリまでいく、35分30Bだった。

ちょっとかわいらしいパゴダが三つ並んでいた;3枚Img_8838Img_8847Img_8849

ミャンマーの物産・土産物を売る店が並ぶ、、
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ミャンマー側のイミグレーションオフィス
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国境;2枚Img_8844Img_8850ミャンマー人の行き来の方が多そうだった、、



 そのソンテオのターミナルとバスのターミナルは同じだったようで(カンチャナブリへ行くミニバンの発着所は別のところのようだった)、次の朝のバスが8時にでることを確かめてからホテルを探す。ターミナル(といってもタダの広場)の食堂のおばさんにホテル?ホテル?と聞いてみると、すぐ裏手の建物を教えてくれたのでいってみるとかなり立派なホテルで、高いのかなぁと思って聞いてみると、何と300B(1000円)、その代わりエアコンはついてないとのことだった。もしかしたらもう少し出せばエアコン付きの部屋もあったのかもしれないが、会話がほとんど成り立ってなかったから、もうそこに決めてしまった。その夜は暑さでなく、音と照明の灯りであまりよく眠れなかったのだが‥、、すぐに部屋にいってとシャワーを浴びてから、街(村?)に出る。ここは先ほどのダム湖につながっているカオレムKhao Leam湖という湖にかかるMon Bridgeが有名とのことで、タイにある木造の橋でも最も長いものであるとのことだった。その橋を渡った先にモン族の村があると聞いていたので、是非そこは訪れてみたいと思っていたのだ。方向だけ聞いて歩きだす、道は下り坂になっており30分ほど歩いたか、そこにリゾートホテルがあって、高台にあったから眼下の風景が素晴らしく、ちょっと入らせてもらって写真だけ撮らせてもらった。そこから急坂を湖まで下る。なんとも趣のある橋が対岸までかかっている。手作り(?)の木橋である。けっこうな長さがあって1kmくらいあったか、橋と湖はなかなか絵になった。対岸に渡るとそこはモン族の村で土産物屋が並ぶ、冷やかしながら急坂を登るとその先に寺院があるということでまた歩きだす、、そこまでは結構遠くて暑さに参ってくると、ちょうどいい塩梅にこれまた趣のある小屋があってそこで少し休む。地元のお年寄りたちもそこで休んでいた。わたしも年寄りだったから言葉が通じればよもやま話になったかもしれないが、残念ながらそれは適わなかった。が、それでも何か気持ちの通うものを感じ取れた、、しばらく休みながらモーターサイ(バイクタクシー)でも通れば交渉しようと思っていたのだが(けっこう走ってはいたがタイミング悪く)あいにく出会わず、結局二つの寺院は歩いて回った、、暑さの中2時間くらい歩いて疲れ切ってしまったが、しかしそのお寺は二つともタイらしくない寺院で疲れを吹き飛ばしてくれほどなかなか良くて、歩いた甲斐のあるものだった。モンブリッジには観光客の姿もちらほらあったが、この二つの寺院には他に観光客がいないのもよかった。疲れ切ってモンブリッジに戻って、渡り終えたところにモーターサイがいたので交渉する。バスターミナルといっても通じなかったが、市場まで(わたしは逆に市場を知らなかったが)15Bでいってくれるということで話はついた。橋からすぐの急坂を登らずに済んだだけでも助かった思いがした。バスターミナルからそれほど遠くないところに市場はあって、夕方の買い出し客で賑わっていた。むしろ最も行きたかったところに連れてってくれ感謝したいくらいの想いで喜んで市場を歩き回り、昼食を抜いていたので大量に買い込んでしまった。市場の前には7-11があったのでそこでビールを仕入れればその日の夕食の準備は終了、ホテルに戻ってシャワーを浴びればあとはいつもの一人宴会の始まりだった。チャーハン、焼きそば、揚げ餃子にデザートまで買い込んで65B、美味と満腹にマイペース、マイ旅の満足感に浸っていた(どういうわけか写真はなかった)、、寝る段になって、隣室のどこのアホか他人の迷惑顧みない長電話が構造上廊下中に響いて処置なし、300Bの安宿では致し方なかったのであるが、それでもこの鄙びたタイの田舎の何ともわたし好みの街サンクラブリーとスリーパゴダパスは、それほど期待してなかったというかそもそも最初は予定さえしてなかったのだから好感度は高かったのである、、

外観は立派なホテルだったが、しかし安くてありがたかった、、Img_8852

カオレム湖畔のリゾートホテルから写真だけ撮らせてもらう;2枚Img_8853Img_8854下にモンブリッジが見えた

湖畔まで降りて橋のたもとから;3枚
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橋の上から

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対岸から
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渡った先のモンヴィレッジ側の橋の入り口
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モンヴィレッジの通りImg_8870

何とも趣のある休憩所、ここでしばらく休む
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上の休憩所から小一時間かかったか? Chedi Buddhagayaインド風寺院Img_8862Img_8864

上の寺院から20分ほどかかる、Wat Wang Wiwakaram寺院、ここの様式も少し異色、どちらもツーリストはおらずとても印象がよかった、、;2枚Img_8868Img_8869

都合3時間半も歩き通しだったので最後はモーターサイで市場まで戻る、、この市場も大きすぎず、ほどほどがよかった、、ここで夕食を仕入れる、、Img_8874