独歩の独り世界・旅世界

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2014の旅 22 , リマLima /Perú

  リマは旧市街が世界遺産に登録されている歴史的に重要な街と聞いていたが、特に期待はしていなかった、、ひとつには大きい街があまり好きでなかったからであった、、それでも今回の旅の終着地として、そこに寄らざるを得なかったので、一応前もって安宿の予約は入れてあった、、よほどのことがない限り帰りのフライトはキャンセルするわけにはいかなかったから、日にちが確定できるところはネットの予約サイトを利用してホテルは確保していた、、そして何とかその予約を入れておいた日に到着できたのだけれど、さて、その到着した場所がどこで、ホテルの住所はわかっていたがそこまでどうやっていったらいいのか、歩いていけるのか、といったことは地図もガイドブックも持っていなかったから、ここでもわかっていなかったのであった、、

  わたしが乗ってきたローカル?バスはプカルパを18時40分に発って、San Alejandro 9時半頃(トイレ・食事休憩?少々停車)、Tingo Maria 1時頃、Huanuco 4時頃、Cerro de Pasco 7時頃、La Oroya 10時頃(そこでまたトイレ・食事休憩あり30分停車)、4800mの峠を11時半頃越えて14時半にリマのTransmarのターミナルに着いた、、実にその道のりに20時間がかかっていた、、ま、これはローカル(二等)バスでなかったとしても、その間の乗り心地等は前回記したように天と地ほどの差はあったが、時間的にはそれほど変わらなかったと思う、、今やこの間は飛行機を使う人のほうが多い所以である(飛べば1時間、料金不明、ただしその間の素晴らしい眺めはバスにも価値あり、ということは前回書いた)、、さて、地理に明るくないだけでなく言葉の問題もあってコレクティボの乗り方もわからなかったから、流石にここはタクシーを使うしかないと諦めてはいた、、問題はその相場だった、、ま、今までの経験からすれば5~10ソルくらいと思われたが、ただそれは距離にもよるから、今いる場所とホテルの場所がわからなかったので見当もつかなかった、、で、ターミナル前に停まっていたタクシーのドライバーにホテルの住所を示して交渉する、、彼はそのホテルの場所はすぐわかったらしく10ソルでいいといってくれた、、10ソルが高いのか?普通(相場)なのか?一応少しまけろといってみたが取り合ってくれなかったので、ま、予測内の額だったこともあってOKした、、車で15~20分くらいかかったか、それは遠かったということでなくて、やはり大都会リマは車が多かったり一通があったりで、渋滞に巻き込まれずには走れなかったからであった、、そこは旧市街の繁華街に比較的近そうな場所にあってホテルの従業員は親切で、わたしの到着(予約)はちゃんと了解していてくれた、、もちろん安宿だからそれなりの設備である、、それでも今まで宿泊した中ではいいほうのレベルでバス・トイレ・WiFiは当然のこととして、それに朝食がついてペルーの首都リマの旧市街の中心に近くにあって50ソル(1800円くらい)だったからお得感あり、当たりのホテルといえた、、が、どういうわけか部屋数はそこそこあったが他の宿泊者を見ることがほとんどなかった、、ありがたかったのはその隣が安食堂だったことで、そこでは6ソルくらいから定食のメニュウがあって、その日ほとんど何も食べていなかったので荷物をおいてすぐにそこで食事ができたことだった、、そんな感じでホテルに落ち着いてシャワーを浴び、近くの洗濯屋に洗濯物をだしてから、やっと街ブラにでかけられたのだけれど、そのときはもう夕方に近かった、、一応リマは3泊、ということは中二日がフリーだったので焦ることはなかった、、で、比較的近いと教えてくれたサンマルティン広場 Plaza San Martínあたりまでいって、その界隈を徘徊するにとどめた、、あとから知ることになるのだが、どうやらリマ旧市街には中心が二ヶ所あって、ひとつがメインスクェアのPlaza de Armas(Plaza Mayor) で、もうひとつがこのPlaza San Martin ということだった、、その広場は四囲に重厚な歴史を感じさせる建築物が建ち並び落ち着いた雰囲気があった、、と同時にやはり中心だけあって人と車の行き来も多く、賑わいを見せていた、、早速インフォメーションを探したが、旅行代理店はあるのだがインフォメーションは見つけられなかった、、で、ここでも巡回中のツーリストポリスに聞いてみると、そこから1ブロックほど離れた通り沿いにあると教えてくれ、閉まる寸前のそこでギリギリ地図を手に入れることができた、、そして次の日からその地図を頼りに旧市街を巡ることになった、、

<今回の写真は特にボケているのが多い、こんなものを掲載せざるを得ないのが心苦しいが、ま、証拠写真以上の何ものでもないことをお断りしておく、、>

まず、腹ごしらえは隣の安食堂で、このメニュウはなんだったか忘れたが、定食6.5ソル、ビール5.0ソル979_640x427

夕暮れのPlaza San Martín;2枚980_640x427981_640x427



 その地図でようやくリマの全体と現在いる位置とを把握することができたが、それを見てどうやら旧市街は歩いて回れそうなことがわかった、、次の朝、朝食付きの客はわたしだけだったらしく(そもそも客が他にいなかった)、朝食が用意されてなかったので催促して、それでも比較的まともな朝食をとってから街にでた、、以下は地図を見ながら歩いて廻った主なところで、その名称とわかる範囲の説明を付しておく、、まずリマのメインロードのひとつ大通りのAv.TacnaをRio Rimac リマック川に向かって行くとそこに① Iglesia Las Nazarenas ナサレス教会があって、そこまではホテルから5分くらいだった、、その道を更に行くと②Santuario de Santa Rosa de Lima サンタロサ教会、このサンタロサとはリマ生まれでたびたび奇跡を起こした聖人とのことでリマ市民の信仰を集めているような説明がその教会脇のmuseoに書かれていて、そこは巡礼路のようになっていたが中には入らなかった、、ここはかつてわたしの友人たちがアマゾン流域で布教活動をしていたここの神父さんに(現地で)多大な世話になったと聞いていたので、一度寄ってみようと思っていたところだった、、そこから交差点を右折して数ブロック行くと③Iglesia y Convento de Santo Domingoサントドミンゴ教会と修道院、ここは相当古そうでかつ多くの信者が集っていた、、④Alameda Chabuca Grandaはリマック川が見下ろせるプロムナードで公園といった感じ、ここもかなりの人で賑わっていた、、⑤Plaza Mayorは別名Plaza de Armas 中央公園、いわずと知れたリマの中心であり正面に⑥Palacio de Gobiernoペルー政庁が建ち(ここは警護が厳しく中には入れなかった、衛兵の交代式が有名とか?)、もう一方に⑦Catedral de Limaカテドラル、1535年にピサロによって建立されたこのペルー最古の教会にはそのピサロの棺といわれているものが納められていた、、もう一方に⑧Palacio Municipal リマ市役所、、そこからペルー政庁の脇の道を行くと斜め後ろあたりに⑨Museo Bodegaボデガ博物館というのがあって、このあたりは昔の砦というか城塞が築かれていたところだったようで、その発掘現場が残され発掘品の陳列があって無料で入れた、、その隣にあった⑩Estación Desamparados鉄道駅跡?に是非いってみたかったが入り口はわからず、聞いてみたが現在は客車の運行はないとのことで中には入れなかった、、そのそばの⑪Parque de la Muralla城壁公園は、Museo Bodegaから続く昔の城壁が史跡として残されている公園で、その下に鉄道とRio Limacが流れているのだが、眺めもよくてなかなか気持ちのよいところ、市民の憩いの場のようなところだった、、そこをうろうろしているとたぶん鉱石?を積んだ貨車が通り過ぎていったので、この鉄道はまだ使われていることがわかった、、街のほうに振り返るとそこが⑫Iglesia y Convento de San Franciscoサンフランシスコ教会と修道院で、中南米ではサンフランシスコ教会はどこも立派で、敷地も規模も大きく、ここでも地元観光客、信者・巡礼者・祈祷者といった参詣者、外国人旅行者であふれていた、、そこから2ブロック歩くとAv Abancayという大通り出て、それを渡ったところに⑬Plaza Boliverボリバール広場があって、その後ろに⑭Congreso Nacional国会議事堂?があったが、これは現在も使われているのか不明、中には入れそうもなかった、、その脇の道に⑮Museo de la Inquisición 宗教裁判所博物館があって、フリーだったので入ってみたが昔の異端審問の様子等が人形を使って再現されていて強烈な印象を残す、、少しいったところにMercad Central 中央市場、Barrio Chino中華街があったが、そのときは足を延さなかった、、ふたたびAv.Abancayを渡ってJr.Ucayali通りをセントロに向かっていくと⑯Iglesia San Pedroサンペドロ教会、その斜め前あたりに⑰Palacio Torre Tagle トーレタグレ宮殿という歴史を感じさせる建物があったが、現在どこかのオフィスのようで中には入れそうもなかった(入れたのかもしれないが入らなかった)、、そのあたりでトイレが我慢できなくなっていると、そこに⑱Museo Banco Central de Reserva中央準備銀行博物館があったのでトイレを借りるために入ってみた、、ここもフリーだったが、ついでに見させてもらったプレインカ時代の考古学コレクションは素晴らしいものであった、、なのでわたしにとってここは緊急避難先と、その係りの人の親切に忘れられない場所となった、、そこから2ブロックいったところがJirón de la Uniónウ二オン通りで、歩行者天国になっててセントロ<旧市街>一の繁華街のようだった、、というのも若い人からお年寄りまで、街ブラ・買い物客でもっとも賑わっていた通りだったからである、、その通りに面してCasa O'Higginsという古い建物があったが、謂れがわからず中には入らなかった、、その先に建物は古いが近代的なデパートかショッピングセンターのようなところがあって人であふれていた、、その前の広場ではチェスを楽しむ人たちの姿があった、、そのまん前が⑲Iglesia la Mercedメルセー教会で、その構えに重厚な風格があった、、人通りの多いショッピング街ウニオン通りをさらに歩いていくと、覚えのあるPlaza San Martínサンマルティン広場にでたのである‥、、だいたいそのとき歩いたエリアは縦1.0km×横1.5km四方に囲まれた範囲でトータル約4時間の街ブラであった、、そこからホテルまでは10分くらいで、いったん戻って隣の安食堂で昼飯にした、、歩きながらも適当なところがあればと探していたが、このレストランの価格で食べられそうなところは見つけられなかったのだ、、そのときはPescado con Pallaresとメニュウにあったものを頼んだが、でてきたものは魚のグリルに豆(?)pallarとはインゲン豆と辞書にあったが、インゲンとは思えぬものだった、、ただそれに別皿でセビチェがついてきた、、これで6.5ソルはやはり他では無理そうだった、、

① Iglesia Las Nazarenas ナサレス教会985_427x640

②Santuario de Santa Rosa de Lima サンタロサ教会986_427x640③Iglesia y Convento de Santo Domingoサントドミンゴ教会と修道院
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④Alameda Chabuca Granda付近から工事中のRio Rimacリマック川、遠くにCerro San Cristbal(サンクリストバルの丘) 991_640x427_2

⑤Plaza Mayorは別名Plaza de Armas 中央公園からカテドラルを望む994_640x427

⑥Palacio de Gobiernoペルー政庁996_640x427

⑦Catedral de Limaカテドラル
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⑨Museo Bodegaボデガ博物館998_640x427

⑪Parque de la Muralla城壁公園;3枚1001_640x4271002_640x427

(偶々そのとき貨車が通過した)1003_640x427

⑫Iglesia y Convento de San Franciscoサンフランシスコ教会と修道院

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⑭Congreso Nacional国会議事堂?1004_640x427


上記国会議事堂の裏手、建物の名称不明
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Av.AbavcayからJr Ucayaliを望む1009_640x427

⑯Iglesia San Pedroサンペドロ教会1010_427x640_2

⑰Palacio Torre Tagle トーレタグレ宮殿(写真左のほう旗の立っている建物)1011_640x427

⑱Museo Banco Central de Reserva中央準備銀行博物館1012_640x427

⑲Iglesia la Mercedメルセー教会1013_427x640

その前の古い建物はショッピングセンター、その一角でチェスに興ずる市民、このあたり歩行者天国で人通り多い1015_427x6401014_427x640

ホテルに帰って隣の安食堂で昼食、そのときはPescado con Pallares(左)というメニュウを頼んだが、それにセビチェ(右)が付いて6.5ソル、他でこの値段は難しい??1020_640x427


 歩き疲れてホテルでPCチェック等で少し休みをとってから、だいたい街の感じがつかめたので夕方から再び出動した、、このときは少し南のほうを散策、中には入らなかったがMuseo de Arte Italiano イタリアンアート美術館やMuseo de Arte de Lima リマ美術館などのあるParque de Lima リマ公園、Plaza Grau グラウ広場あたりをうろついて、これまた重厚な建物⑳Palacio de Justica最高裁判所の写真を撮って(もうピントが合わないのを承知で開き直って撮っていた)、更にその先あたりと目星をつけておいたプカルパから乗ってきたバス会社のターミナルを探しに歩いた、、それは自分が降りた場所を確かめたかったのと、着いたときにその近辺に他のバス会社も多くみていたからで、もう少しバス情報を収集しておこうと思ってのことだった、、で、確かに数ブロックいったあたりは軒並みバス会社が集まっていて二、三覗いてみた、、そんな中には大手のバス会社でなんと3ヶ所も大きなターミナルを抱えている会社(Flower?)があったのにはびっくりさせられる、、しかしわたしが利用したバス会社はついに見つけることができなかった、、そのあたりは近くにスタジアムやPlaza Manco Capacといった広場があったところで、もうすでにセントロからだいぶ来てしまっていたのはわかっていた、、地元の人ならこんなところから歩いて戻ることなど考えられなかったと思うが、バスもコレクティボも馴染んでおらず歩いて戻るしかなかった(タクシーは使わない)、、30分くらい歩いて着いたところはParque Universitario 時計塔のある公園で、そこに面してUniversidad San Marcosサンマルコス大学があるところだった、、その公園もものすごい人だかりがしていて何かのショーか大道芸をやっていた、、しばらくそこで休んでると日も暮れてきて、そこからは比較的近かったBarrio Chino中華街に向かう、、ここも横浜の中華街と同じく人であふれていた、、その店頭販売で肉まんとシューマイを買って今度はPlaza Mayorまで歩いた、、そこでは昼間訪れたときに、その夜野外コンサートが催されるという案内をみていたからで、いってみると昼間造っていた特設ステージで、もちろん名前はわからなかったが、たぶん名の知れた歌い手さんだと思うが無料の野外ワンマンショーを開いていた、、しばらくそれをみていたが、旅行者も含めて聴衆はほとんどカップルばかりだったので、わたしには似つかわしくない場所に思えてそこを去り、途中でビールやつまみになりそうな屋台料理を仕入れてホテルに戻り、部屋でくつろぐことになった、、そのときの街ブラも4時間を越えていて、ま、歩きっぱなしの一日だった、、

⑳Palacio de Justica最高裁判所1021_640x427

Plaza Grau グラウ広場1022_640x427

このバス会社Fllowerはここの他に近くに2ヶ所ターミナルをもっていた1027_640x427

近くにスタジアムあり1028_640x427

歩きつかれてParque Universitario 時計塔のある公園で休む1029_640x427

ここの中華街Barrio Chinoもすごい賑わいだった1030_640x427_2

夜のPlaza Mayor(Plaza de Armas 中央公園)、黄色いライトのところが⑧Palacio Municipal リマ市役所、その隣が特設ステージで女性シンガーのワンマンショーが開かれていた
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 あくる日はリマの、そしてこの旅のlast dayだったが、特に予定はなく、ま、いけるものならリマの新市街Mirafloresミラフローレス地区と日本人移住史資料館Museo Conmemorativo de la Imigaración Japonesa en Perúというところにいってみたいと思っていた、、この日もたった一人の朝食は催促しないと出してくれなかったが、ま、それでもちゃんとした朝食が食べられたので文句は言わず、その代わり上記二ヶ所の行きかたを知っていたら教えてくれないかと聞いてみた、、そのフロントのおばさんはとても感じよく愛想がよかったばかりでなく、ミラフローレスへいくミニバスは近くのバス停を通るほとんどのミニバスが行くこと、そして場所がわからなかった日本人コロニアAsociación Peruano Japonesaの場所をパソコンで調べてくれ、その付近の地図を電話帳で探してきてなんとそれを破いてわたしに渡してくれたのだった、、それほどまでしてもらったので逆に行かないわけにはいかなくなってしまった、、バスは黄色の80番がそこに行くというので、そのバス停と思われるところまで行ってみたが黄色の80番はなかなか来なかった、、いや、それ以前にやはり公共のバスは初めての人にはわかりづらかったのである、、というのもAv.Garsilaso de la Vegaのバス停は、いってみるとAとBの二つがあって、それぞれが離れてあって、どちらで待てばいいかわからなかったのと、ミラフローレスとバスの横に書かれたミニバスはたくさん来たが行き先表示が違っていたのでどれに乗ればいいのかわからなかったこと等で、ずっとバスを見送っていたのであった、、で、AとBをいったり来たりしてたが80番は来なかったので意を決して次に来たバスが停まったときミラフローレス?と聞いたら、逆にミラフローレスのどこだと聞き返され、余計まごついてしまって、わけわからずにセントロと答えるとOKのような返事だったのでそれに乗ってしまった、、そして乗った後に、改めてどこで降りていいかわからないが、ミラフローレスのセントロあたり、どこでもいいから適当なところで降ろしてくれるよう頼んだ、、そこまではけっこう遠く、日曜だったので渋滞はなかったが3,40分かかったか?、料金は1.5ソルで車掌さんはちゃんと覚えていてくれ、ミラフローレスの観光案内所の前で降ろしてくれたのだった、、

 そのインフォメーションでミラフローレスの地図をもらった、、確かにリマ旧市街とは街の佇まい・雰囲気、人々の装い、ありとあらゆるものが全然違っていた、、そこにはインディヘナの国ペルーの面影は全くなかった、、世界中どこにでもあるハイセンスで近代的な街は、わたしには面白みに欠ける印象だったが、せっかく来たのだからと、とりあえず太平洋を見に歩きだした、、セントロから近代的なビル街、洒落たお店、レストランの並ぶ道を自転車やランニングしている人が行き交う、、高級住宅街や別荘風の邸宅があり高級マンションが建ち並んでいた、、15分も歩くと海の見えるところに出た、、そこは高台で海は遥か下にあって、そこから浜辺まで続くCentro Commercial Larcomarというまだ新しそうなショッピングComplex(いわゆるレストランや映画館などや娯楽施設が併合されている複合施設)が多くの来場者を集めているところだった、、そこからの眺めは確かに申し分なかった、、これはいい場所にいい物を造ってるな、と感心したが、しかしいかにも高級といった感じだったのでその中には入らず、そのまま海に沿って造られている遊歩道を歩いていく、、海風を受けて眺めもよく、気持ちのよいプロムナードを10分くらい歩くとParque de Amor<恋人たちの公園?>というところにでたが、その街の高級感とともにわたしには縁遠く感じられたところだった、、その日はけっこう暑くて住人は、欧米系?要するにペルー人でも白人系が多い居住区だったようで、皆が皆リゾートっぽい服装かセンスのよい装いの人たちか、あるいはスポーツウェアでサイクリングやランニングのを楽しんでいる人たちばかりだった、、約2時間の街ブラ?歩き回っただけだったが、少々場違いな印象を感じながら最初にバスを降りたパルケセントラルに戻った、、その辺りは例によってカテドラルIglesia Virgin Miragrosa、市庁舎Palacio Municipal、インフォメーションがあって、その公園の脇の道は歩行者天国で閉鎖されて何かイベントが開かれていた、、いずれにしろその日は日曜日だったので、何かのイベントか、あるいはそれぞれのレジャーで、かなりの人出で賑わっていた、、ま、ある意味テンションが高いというか、セレブ感のある連中ばかりといった感じはだいたいつかめ、もういいか!?という気分になって次を目指すことにしたが、果たしてそこへはどうやっていけばいいのか?が問題だった、、インフォメーションで聞てみたが、公園の向こうの通りからバスがあると教えてくれただけで、どのバスに乗ればいかは(教えてくれたかもしれないが聞きとれてなくて)わかっていなかった、、で、いわれたところでまたうろうろする、、来るバス来るバスの車掌に、そのとき持た地図見せて聞いてみるも、ほとんど通じることがなかった(というか相手にされなかった)、、そち近くに市の職員風な人がいたので、ホテルのおばさんに書いてもらったメモと地図を見て行き方を聞いてみた、、その人は親切な人で、わたしと同じように来るバス来るバスの車掌に聞いてと近くを通るというバスを見つけてくれた、、それでその車掌に降りる場所くれるよう頼んでおいたので、ヘススマリアJesusu Maria地区の日本人移住者が多く住むというコロニアハポネスにある日秘文化会館Centro Cultural Peruano Japonesの近くで降りることができた、、それはそのバス停からは半ブロックのところにあったが、だからといってすぐにそこに入るには少々の躊躇いを感じていた、、その辺の表現は難しいのだが、いってみればそこをたずねる理由みたいなものが、自分の中ではっきりとしてなかった、ということだった、、なのでそこは訪ねるというより、中に入ってさらっと見て引き返すことにしたが、偶々その日は日曜で移民資料館のmuseoが休館日だっこので、結局、何しに来たのかわからくなってしまった、、で、せめてそこにあった日本食堂だけは覗いてみようと思ったが、そこも日系人が多く食事していたので、ちょっと入りずらさを感じてしまった、、それでもちょうど昼時だったしせっかく来たのだからという思いもあって入ってみた、、もちろん日本食は何でもあったが、そしてそこに集う日系の人たちは皆さん日本食を楽しんでいたが、その日本食はわたしには高すぎたのであった、、全く日本料理屋でペルー料理を食べる愚を情けないと思いながらも、もっともリーズナブルに思えたTallarinつまり焼きそばとビールで場を濁すしかなかった、、そして早々に引き上げたのだが、そのとき気づかされたことがあった、、そこで食事をしていた移住者とその子孫達は日曜の昼食に高価な日本食を楽しんでいたことと、それでもビール・酒類を飲んでいなかったことである、、だから、安いペルー料理を頼むしかなく、まして昼からビールを飲んでいるわたしは、二重の意味でそこでは異邦人であったのだ、、彼らの境涯を喜んでいいのか、わたしの現実を悲しむべきか?、、で、結局一人の日系人とも話しをすることはなかったのだが、今や堂々たる日系の人たちの現状を垣間見られたようで、ま、それはそれでよかったような気がした、、近くのバス停でバスを待っていると80番のバスがきた、、そのバス(1.0ソル)は確かにホテルの近くを通った、、ホテルに戻ってフロントのおばさんに礼をいって、おかげで両方ともいくことができたことを報告をした、、ただその日は壊れたカメラは持っていかなかったので、そのときの写真は残っていない‥、、

 以上で、一応の目的(?非常にあいまいだったが)は果たせ、リマの、そしてペルーの&2014の南米の旅は終わりとなった、、最後は面白くもなんともない話になってしまったが、その後の帰国までを、もう一回書かせてもらって、この旅録を閉めたいと思う、、

‥と、ここまで書いて、少し偽ってるようで恐縮だが、載せられそうな写真があった、、変ないい方になるが、恥ずかしい話、実はよくわからないまま何枚か、そのときもっていたケータイで写真をとっていた(カメラがダメだったので、最後の二日間)、、わたしはそれまでケータイで写真を撮ったことはほとんどなかったのと、その再生の仕方を知らないでいた、、今日そのやり方を聞いてやってみたら何枚か、載せられそうな写真を再生することができたのだった、、ということで以下はケータイに写っていた写真で、ま、ピンボケ写真より少しましかなと思って掲載することにした次第‥、、

Río Rímacリマック川にかかるPuente de Piedra<石橋>からCerro San Cristbal<クリストバルの丘>2014_0331_051914ca3c0070

2014_0331_050412ca3c0067前掲、サントドミンゴ教会

同じくPalacio de Gobierno<ペルー政庁>
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Plaza Mayor<Plaza de Armas>とCatedral<カテドラル>
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カテドラルの内部;3枚、3枚目がピサロの棺?2014_0331_053337ca3c00752014_0331_053521ca3c00772014_0331_053020ca3c0073

⑮Museo de la Inquisición 宗教裁判所博物館(拷問の様子が再現されている)2014_0331_060455ca3c0082

街ブラ4枚、①Jr de la Union<ウニオン通り>の歩行者天国②Iglesia San Agustin<サンアガスティンイ教会>③④はこの街のメトロバス、Metropolitanoのバスと駅

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ミラフローレスCentro Comercial Larcomar<ラルコマール>の上からの眺め(太平洋)2014_0331_010604ca3c0050

遊歩道からLarcomar方面とビーチ2014_0331_011605ca3c0053

ミラフローレスのカテドラルIglesia Virgin Miragrosa2014_0331_014643ca3c0055

カテドラルの並び(手前)がPalacio Municipal<ミラフローレス市役所>2014_0331_020005ca3c0058

ミラフローレスParque Central<中央公園>脇は歩行者天国になっていた2014_0331_015258ca3c0057

日秘文化会館Centro Cultural Peruano Japones;3枚

2014_0331_041331ca3c00632014_0331_030846ca3c00622014_0331_030016ca3c0060_2(日本庭園があった)