独歩の独り世界・旅世界

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インドの旅 2)ニューデリー New Delhi

 まさに国際空港とデリー中心部を結ぶこのエアーポートメトロは躍進目覚ましい新インドの象徴のように思えた、、まだ新しいとても近代的な車体、駅舎、高架軌道(都心近くから地下に潜る)、空港からニューデリー駅まで80Rs(始発駅はひとつ手前のDwarkaSector21で、そこからだと終着New Delhiまで100Rs)、途中駅は3つしかなく、その間を18分で結ぶとうたっていた、、実際それは5時から23時の間15分間隔で運行されていたが、わたしが乗った5時45分ころはまだ朝が早かったせいかガラガラであったのだ、、で、あっという間にNew Delhi駅到着、エスカレーターの完備した(もちろん空調も)そこまでは、まったく快適、これがインドかと目を疑わせるものであった、、(後日談;そのエアポートメトロは3週間後にデリーに戻ったとき、点検か修繕か工事か理由ははっきりわからなかったのだが、しばらく運休中ということで止まったままであった‥)

 さて、朝の6時過ぎにはエアポートメトロ地下駅から地上に出た、そこはNew Delhi鉄道駅の裏側だった、むっとする熱気、さらにわたしには懐かしい人ごみと夥しい数の車の往来、昔のままのインドの姿がそのままそこにあった、、なぜか一安心、そして次々に声がかかるリキシャマンやドライバーの誘いを全て無視して、人ごみと車の洪水をかき分けながらとりあえずNew Delhi鉄道駅の駅舎を目指した — ほんの目の前にありながらそこへたどり着くまでが一苦労 — 、そして大汗かいて着いたとたん、もうしばしの休憩が必要となった、、まず行くべきところは一応日本から予約を入れておいたホテルだった、その場所はガイドブックにあった地図でおおよその見当はついていた、それは今いるところの反対側、New Delhi鉄道駅の表側にはパハールガンジPahar Ganj(メインバザール)という安宿やレストラン・商店が集まるメインストリートがあって、貧乏旅行者が多くそのあたりに滞在していた、、わたしの予約していたホテルはそこより北側のArakashan Rdという通りで、そこは全国からやって来たインド人が利用するホテルが多くある通りであった、、いずれにしろ向こう側に行かなければならなかった、、どうやって行ったらいいか?その辺をこのガイドブックは詳しく手引きしていた、、‘駅の端に見える線路をまたく大きな陸橋を目指そう、駅構内に入るのに列車のチケットはいらないし、見せろといわれても無視すればいい、荷物検査のX線を通し、陸橋の上の長い通路を歩いて駅の反対側へ、階段を下りるとそこがニューデリー駅西口(正面)だ‥’ありがたいマニュアルだったが、その通りにことは運ばなかった、、まず陸橋(渡線橋)は3つくらい目に入ったが、いずれもno entryつまり出口専用ということでそこを突破することはできなかった、、続いてガイドブックの解説にあったように正攻法でちゃんと入り口から入ろうとしたら、解説通りチケットを見せろといわれ、チケットを買うために中に入るのだと説明しても、それは認められなかった、散々粘ってアーダコーダとやりあったが結局構内に入るのは無理そうだった(タマタマだったと思う、人によったり、入れることもありそうだ、翌日それを経験する)、、諦めざるを得ない、さてどうしたもんか?‥すったもんだで疲れてしまってまた休憩、と、ある考えが浮かぶ、何も構内の渡線橋を渡らなくてもいいではないか、確か普通の車が往来している陸橋があるのではないか、わたしの行くホテルはその道のさらに北側にあるはずだ、ならばその道をいったほうが却って近いかもしれない、、それは当たりだった、、駅の北側に車の往来する大通りDesh Bandhu Gupta Rdが走っていて陸橋になっていた、普通ならその道をオートリキシャで行くのが正解だったかもしれない、、しかし意地でもそれはしたくなかった、まだ早朝だというのに大汗かきながら30分くらい歩いて陸橋を越え、向こう側に行きホテルを探した、そこにたどり着いたとき時計はすでに7時をだいぶ回っていた、、(ついでながら日本とインドの時差は3時間半だった)

012_640x480歩いてわたったDesh Bandhu Gupta通りの陸橋からニューデリー駅構内をみる、遠くのビルディングの地下にエアポートメトロニューデリー駅がある

013_640x480_2インド人の宿泊客が多いArakashan Rd.のホテル街

 ホテルに着いてまたしばし休ませてもらう、、何しろ暑い、、そのホテルは日本で予約した時点で900円というホテル検索サイトExpediaでも信じられないような価格だったから、ま、予想はしていたものの、ほとんど一帯がホテル街のその中でも見栄えのしない安宿で、つまり値段相応であることはすぐに見て取れた、が、そんなことをわたしは気にしない(結果敵に言えばそれでもこのホテルが3週間の旅で泊まった中で最も高かったのだ)、そのとき空き部屋がまだないということで、では、荷物だけ置かせてくれ、1時間後に戻るとお願いして再び街に出た、、今度も行き先は決まっていた、歩いて10分くらいのところにあるニューデリー鉄道駅の外国人専用ticketオフィスであった、、

 途中で路上販売のプーリ(Puri、練って薄く延ばした小麦粉を油で揚げたもの、それをカレーにつけて食べる軽食)の屋台があって、庶民が朝食がわりに立ち食いしている、まずは腹ごしらえ、今回最初のインド的食べ物は10Rs(日本円換算だと15円)と安くてうまい朝食だった、、ちょうど外国人専用オフィスに着いたとき8時の開業時間だったが、20人くらいの先客が並んでいた、が、どうみてもその大半はインド人でどうやらそれはそこら中にある旅行業者の使いのもののようであった、、それでも30分ほどでわたしの番がきた、、そこでダメもとで以下のticketを探してもらった、、

014_640x480Puriの屋台(親父がポーズをとってくれた)

 今回の旅の予定は大まかに以下のコースを想定していた、、デリー~ハリドワールHaridwar(またはハルドワールHardwarという)・リシケシュRishikesh~いったんデリーに戻って~ダラムサラDharamsala・マクロードガンジMcleod Ganj~クルKullu・マナリManali~レーLeh/ラダックLadakh~デリーというものでレーからの飛行機が7月14日、そしてデリー発の帰国便が15日の深夜(正確には16日午前2時)という以外は何も確定しているものはなかった、、で、まず鉄道で次の日にハリドワールまで行けるならそうしたかったので空席がないか調べてもらった、、その2,3日前に日本で空席状況を調べたときは100人待ちくらいのWL(waiting list)状態であった、、ものの数分それはあっさり取れてしまった、しかも日本で調べたときよりも値段が安いようであった、、シニア(60歳以上)料金で270Rs、全車A/CエアコンのShatabdi Express(比較的近距離の特急)の特急料金がこの値段(400円くらい?)信じられない安さだった、、それで気をよくして欲張って、では7月1日のパタンコットPathankotまでの夜行寝台はどうかと尋ねてみた、、いまやインドの鉄道もコンピュータ化している、瞬く間に空席状況はわかる、そしてそのticketも取れてしまった、、本来ならそんな先のticketは日程を縛ることになるので好ましくないのだが、たとえキャンセル(放棄)したとしても140Rs/200円の話だと思うと、なんら躊躇することなくそのticketも手に入れることになった、、こうしてこの日の予定は朝の9時には片付いたことになった、、なんか順調すぎる‥ ! ?

 駅前からパハルガンジに出て、裏道を通ってホテルに戻った、その間途中でオレンジジュース、レモンジュース(もちろんその場で搾ってくれる純生、10~20Rs)とたて続けに水分の補給、いや水分を取らないとぶっ倒れそう、、日本の夏山でもほかの人の1/2くらいの水分補給でこと足りていたのが嘘のよう、そんなことしたら死にそうだった、、ホテルに戻っても早速ミネラルウォーターの補充、そしてあてがわれた部屋でシャワーを浴びてベッドに倒れこんだ、、その部屋はエアコンつきではなかった、、が、扇風機と窓付けのファン?がついていて、それで少し部屋を冷やしてから音がうるさいのでそれも消してしばらく寝入った、、昼過ぎに目覚めたときだいぶ疲れはとれていた、、また、街に出る、、近くで両替し(空港で1ドル53Rsプラス手数料を取られたが、手数料なしで1ドル56Rsだった、結果的にこのときのレートが最もよく、そのあと両替したときのレートは54~55Rsだった)飯屋に入る、レストランでなく地元民が利用するようなところだ、魚のカレーがあった、飯と魚カレー、隣で食ってたやつのカレーもうまそうだったので聞くと野菜カレーだという、それも半分もらう、追加がなければたぶん60Rs、追加の野菜カレーを足して90Rsだった、、午後の時間まったく予定はなかった、が、デリーの観光名所、たとえば赤い砦といわれるレッドフォートRed Fort(ラールキラLal Qila)とか、イスラム寺院ジャマー・マスジットJamma Masjidやheart of Indiaインドの中心コンノートプレイスConnaught Placeといったところへはすでに訪れていたのでいまさら行く気もなかったし、行っても疲れるだけだということはわかりきっていた、、で、今朝ほど乗ったエアポートメトロとは別のラインのメトロに乗ってみようと再びNew Delhiの地下鉄駅に向かった、、ま、駅にたどり着くまでが一苦労だったが、地下鉄に乗ってひとつの発見があった、、涼しいのだ、エアコンが効いている、、まず3つ先の駅カシミールゲートKashmere Gateまで乗る、たぶん10Rsだったと思う、、そこはISBT(Inter State Bus Terminus)長距離バスのターミナルがあるはずだった、、もしかしたらそこから長距離バスまたはエアポートバスを利用することになるかもしれないと思っていってみたのだが、確かにバスターミナルはあったがどうも様子が違う、Haryana州のバスは多く見かけたが、英語の表示がまったくなく、これではどのバスがどこへ行くのかもまったくわからなかったしEnquiry案内所も見つけられなかった、、特に差し迫って情報が必要だったわけでないので、人に聞いたりすることもなくしばらく休んでから引き上げることにした、今度は7月1日のパタンコットまでの列車Jammu mailはデリー駅発と聞いていたので、ちょっと下見をしておこうかと思いたった、、デリー駅はカシミールゲート駅から一駅だった、10Rsでトークン(乗車券みたいなもの、たぶん10Rsが最低料金?)をもらい中に入る、と、カシミールゲイト駅はニューデリーから来たときの地下鉄イェローライン(Yellow Line インドの地下鉄は色別で路線表記してあってエアポートメトロも含めると全部で6路線あった)とレッドライン(Red Line)が交差する乗換駅になっていて、ずっと地下を走っているイェローラインと違って地上高くにレッドラインのプラットホームがあった、、もしかしたらレッドラインはずっと高架を走っているかもしれない、もしそうなら外が見える、しかも高いところから‥?で、突然行き先を変更して、というか、ただ少し寄り道?即ちレッドラインに乗ってみることにした、このエアコンが効いた地下鉄の車内からのニューデリー見物は思いのほか、いや、かなり快適であった、、実際は外の景色はどうってことないからそれほど面白くはなかったが、ずっとエアコンの効いた空間にいられる快適さ、それをたった10Rsでモノにできたのであった、、そうやってレッドラインの一方の終点から一方の途中駅まで都合1時間くらい(地下鉄レッドラインは全線高架走行のようであった)デリー見物&休養をさせてもらった、そしてまたカシミールゲイト駅に戻ってChandni Chowk(デリー駅)まで一駅のイェローラインに乗り換えた、、

地下鉄レッドラインの一方の終着駅Dishad Garden(かなり郊外)のプラットホームから017_640x480

デリー駅(鉄道の発着駅はNew DelhiとこのDelhi駅の二つあり)
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 地下鉄イェローラインのChandni Chowk駅から5分ほど歩いて地上のデリー駅に出ただけでもう疲れていた、、ここて悟ったのだけれどともかくインドは暑すぎる、それも半端でない、、いや、前にもそれは経験済みのはずであった、、だからただ身体がなれていないだけかもしれなかった、が、この暑さでは動き回れない、動けない、、デリー駅偵察もそこそこに、行けたら行ってみようかと思った近くのChandni Chowkの雑踏(商店街?)への徘徊も、とうにその気は失せ、マハトマガンディ公園で少し涼を求めから再び地下鉄で戻ることにした、ただ少しでも歩く距離を短くしようと思って地図を見ていたら、どうやら地下鉄ブルーラインのRajiv Chowk(コンノートプレイス)で乗り換えた一つ目の駅ラマクリシュナアシュラムマーグRamakrishna Ashram Marg駅のほうが若干近そうに見えた、、で、ticket売り場でその駅名を告げ100Rs札をだした、、小銭がなかったのだ、料金は16Rsと表示されていた、、お釣りは84Rsのはずだった、しかし戻った金額は40Rsだった、、? ?おかしいではないか、この手の寸借詐欺?行為は日常茶飯事ときいていたし、過去にやられた経験もあった、、そら来たとばかりにすぐに足りないではないかとクレームをつける、と、あわてたその切符係、何も言わず悪びれもせず50Rs札を一枚よこした、、これだからインドは油断も隙もあったものではないと、一人ぶつぶつ言いながら地下鉄に乗り込んだ、‥??しかしよく考えるとなんか逆にもらいすぎていない??そういうこともあるか‥??まったくインド人は全てでないにしろ、いい加減なもんだと、改めて呆れるというかむしろ感心させられるのだった、、

021_640x480デリー駅南、通りひとつ越えたマハトマ・ガンディ公園近くのヒンドゥ寺院とその近辺から眺めたスィク教寺院
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 ラマクリシュナ駅はパハルガンジの一方の外れにあって、むしろニューデリー駅界隈より活気があり、ごちゃごちゃした混沌がわたしには好ましく思えた、、そこからホテルまでは2,30分あったが、そのそぞろ歩きは結構楽しくもあった、、途中の屋台でチョウミン(焼きそば)をテイクアウトしビールを仕入れて(ビール等の酒類を販売するところは極端に少なく、デリーでは2,3軒しか目にしていない)夕食の準備を整えた、、インドもその多くの食べ物屋にビールは置いてなかった、、ビールと飯の組み合わせはテイクアウトしてホテルで取るよりなかった、、チョウミン25Rsビール60Rsがその日の夕食代だった、、ここでは水分補給が最も高くつきそうだった、それでもその日の飲食費の合計は200Rs/300円くらいでおさまっていた(正確にいうと、空港でぼられたのとビール代も入れれば、その日プラス200Rsかかっている、が、上記理由でアルコールはほとんどとれなかったが、ビールやアルコールを手に入れたり外で飲んだりした日以外で一日の飲食費が200Rsを越えることは滅多になかった)、、