独歩の独り世界・旅世界

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Barcelona 4泊6日 その3, 最終日はモンセラットMontserratへ、、

 しかし、この選択はどうであったか、いまひとつ自信がない。モンセラットは前回いってなかったから、ずっと気になっていたところだった。もっとも前回のときはそんなところがあることすら知らなかったのだから、いってないのが当然だが、そのあと帰ってから、何かの折にモンセラットのことを知った。今回もう一度バルセロナに行くことになってあらためて図書館でガイドブックを借りたときに、そこへ行ってみるかどうかで迷ったのだった。その理由は、結果的に行ってよかったかどうかいまひとつ自信を持っていえないことと同じだった。つまり、そこまで時間と交通費をかけていく価値があるか?そして結果的にはあったかどうか?の判断が難しかったということである。

 結果論でいうと、もしバルセロナ滞在が5日間あったら、4日目にモンセラット、5日目はタラゴナTarragonaで異存はなかったと思う。が、今回は3日間だったのだ。その3日間の3日目をどうするかは、ま、それぞれのお好みということで定番はなかったのかもしれないが、わたしとしてはもう一日市内でも良かいいかな、というちょっとした迷いがあったのと、結果としてその方がよかったかもしれないという煮え切らなさなのであった。それほど市内にいってみたいところはまだまだあったし、また、どこへ行くでなくてもブラブラしているだけでも十分面白かったであろうという予感はあったのだ。カサ・グエルをパスしたときのように、一ヶ所に数時間をかけるか、それを犠牲にして数ヶ所をとるかといった選択に似ていた。それを決めるにあたってツレの希望はなかったから一切はわたしの選択に任されていた。で、日本で参考にしたガイドブックやわたしも多少の関わりがある総合旅行情報サイト・トラベルコちゃんの現地特派員報告などを見ての判断だったが(それら全てにモンセラットの記事があった)、やはりいってみるかと最終的に決めたのはその前日のことだった。 

 モンセラットはバルセロナの郊外、北西約60km辺りにある山の中腹に11世紀から続く修道院のある景勝地一帯のことをいうらしかった。なんでも、その修道院の大聖堂に祀られている黒いマリアLa Moronetaがカタルーニャの人々の厚い信仰を得て、また背景の奇岩はガウディにサグラダファミリアのインスピレーションを与えたところとして、いわゆる聖地になっているとのことだったので、ま、いってみる価値はありそうだった。で、そこにいくにはスペイン広場Plaça Espanyaから電車で1時間くらい、そのあとロープウエーかケーブルカーに乗り換えて、その山の中腹までいけるとのことだった。その朝も朝食後に地下鉄でカタルーニャ広場まで出て、その日は表にでずそのままLínea 1に乗り換えてスペイン広場まで行った。9時頃にはついていたと思う。カタルーニャ鉄道乗り場の改札の前にモンセラットまで行く通しのticketを扱うブースがあって、Bus Turisticの割引券が使えそうだったので聞いてみる。通しのticketは2種類あってスペイン広場<カタルーニャ鉄道;電車>→Monistrol de Montserrat駅<山麓駅?ケーブルカー>→モンセラット+さらに上のサンジョアン展望台に行くロープウエー、黒いマリアが見つかったとされるサンコバ洞窟へ行くロープウェーなどすべてに乗車できる往復券がセットになって一人29.3ユーロ、それにモンセラット美術館の入場とランチがついているのが46.2ユーロとのだった。ただし、そのときわたしの聞き取りが正しければだが、この割引券が使えるのは全て込みのTot Montserrat 46.2ユーロのほうだけだと聞いてしまったから、仕方なくそれを選択し一割引で83ユーロをクレジットで払った。で、そのとき知ったのだが電車は1時間に一本しかなくて、次の電車が9:36発とのことだったので30分ほど待つことになった。

30分待ちの間にわたし一人地上に出て、スペイン広場を写す。帰りに写真左の闘牛場あとを少し見学、、129_640x427


 しばらく地下を行った電車は20ほどで地上に出、そこはすでにバルセロナ市の郊外だった。3,40分走ったあたりで、車窓右手遠くに山並みが見えだし、最終的にそれは車窓左手に迫ってきたが、確かに奇岩というのが適当と思われる、にょきにょき、にょきにょきといった感じの岩肌の山なのだった。その電車に乗っていた半分くらいが観光客で、皆登山電車に乗り換え(何人かはひとつ手前の駅でロープウエーに乗り換えていたが、それも可能なようだった)、11時少し過ぎに山の中腹に築かれた要塞のような建物群の前の広場に面したモンセラット駅に着いた。片道1時間半、その時間から適当に見物して食事すると帰りの電車は14:15しかなく、スペイン広場着が15:45であったから、トータルすると上で3時間、往き帰りの電車で3時間の、だいたい6時間のショートトリップということになったが、かかった費用83ユーロ(二人で)は果たしてそれなりの価値があったのか、というのが最初の問いなのであった。

車窓から、標高1235mの山が見え出す、、131_640x427

山麓駅から、ここから前方の山の中腹まで登るケーブルに乗り換える。134_640x427

モンセラット駅前広場?右の建物がインフェメーション、ショップ、カフェテリアなどの建物。左にケーブルカーの駅。135_640x427


 まず、その偉容な修道院の建物群とその背景の山並みはそれなりに眼を見張らせるものがあった。また、そこは高さ725mの山腹だったから、そこから下界の眺めも素晴らしく価値ありと認める。それと意外にもランチが良かった。それはあとで述べる。いまひとつだったのは修道院・大聖堂に祀られている黒いマリアを間近に見ることができなかったことである。その日もミサが行われており大聖堂は超満員の観光客と信者で溢れていて、遠くから朧にその存在が見えたたけだった。それでも、もっともまじかに見る手段はちゃんとあって、しかるべき列に並べば順番でそのそばまで行けた。ただ、その長蛇の列を目にして、少なくとも1時間、あるいはそれ以上かかりそうなことが明白だったから、そんなことに意を解さない人だけが可能だった。もうひとつの目玉、少年聖歌隊の合唱も決して見逃してはならないとどのガイドブックにもあったのだが、それがあったのかどうかさえよくわからなかった。だから修道院見物に関しては、やはり言葉の問題もあって案内不慣れで、効率よく廻ることができなかったのと、せっかく来たのに目ぼしい成果が何一つなく物足りなさだけが残ったということだった。もしかしたらこういうところは多少高くともバルセロナからの日本語ツアーがいくつかあったから、それを利用したほうが賢明だったかも知れなかった。ただ、それを補うかのごとく、わたしはさらにケーブルカーを乗り継いで上の展望台へもいったし、ツレはその間併設されているショップで土産をひとつ見つけたようだった。そしてもういいか、ということになってそれほど期待してなかったランチを食べに行く。ここも今までのような行列を予想していたが意外にすいていて、カフェテリア方式だったが内容は悪くなかった。メイン+スープかサラダ、デザートと飲み物つきなので、ま、普通にレストランで食べたらけっこうな値段?、二人ともメインは魚にしたが、まさかの食べ残しをしてしまったのだ。味は悪くなかった。が、見た目以上のボリュウムだったようで(メインの付け合せ)、それまでまともなレストランに入っておらず、最初で最後のちゃんとした食事かもしれないと張り切っていただけに、食べ切れなかったのはちょっと悔しかった。飲み物はビールも選択できたが、さらに別注でワインでも頼んで帰りの時間を気にしなければ、あるいは完食できたかもしれなかった。ま、それでもこの食事には満足するものがあったのだ。そのあと美術館なんかは寄らなかったから、単純に食事がプラスになっただけと思えば、その差額15ユーロが一人分の食事代となる。それならこの食事は悪くなかったかもしれないといえた。なので総合的なモンセラットの評価はよくもあり、不満もあり、ということになったのだった‥、、

修道院の大聖堂と日曜だったからかミサで堂内は超満員、一番奥の上のほうにLa Morenetaが祀られているのはわかった、、137_640x427140_640x427

それを間近に見るための順番待ちの列156_640x427

わたしはそれよりさらに高い展望台に登るほうを選ぶ。このロープウェーもセット券に含まれていたのだから、、上からの眺めはさらによかっただけでなく、モンセラットを俯瞰できた、、144_640x427146_427x640

ランチのカフェテリアからの眺めもよかった、、次の写真では下界とケーブルカーの線路が見えている150_427x640158_640x427

食事を終えてケーブルカーの駅に向かう、、大観光地だけあってすべてがとてもきれいに整っていた、、
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 同じ道を戻って15:45にカタルーニャ鉄道のスペイン広場駅に着いて、いったん地上に出、地上のスペイン広場には何回か立ったことがあって、そのときに目にしていた昔の闘牛場の上まで行くエレベータに乗ってみた。そこへは何も1ユーロ払ってエレベータに乗らなくても中を通っていけることは聞いていたが、足の悪い人を余計に歩かせるわけに行かなくて1ユーロ払った。上からの眺めは悪くなかったが、バルセロナにはもっと高い建物がたくさんあるから、そういう意味では1ユーロはもったいないといえたかもしれなかった。その中はショッピングセンターになっていて、その一番上のエレベータを降りたフロアは全てレストラン街になっていたが、それらをみて回る余裕はまったくなかった。残された時間はわずかになってきてどこまでいけるか?という状況になっていた。で、次に向かった先は地下鉄のウルキナオナUrquinaona駅だった。さてそこで、カタルーニャ音楽堂Palau de la Música Catalanaにするかピカソ美術館Museo Picassoに行くかで迷っていた。本来ならこの二つとも、うまく割り振って、すでに訪れていなければならないところ、それが、とうとうどっちかに迫られることになってしまっていた。ま、だから先に迷っていたと言った、もう一日市内巡りにする手もあったということだったのだ。そう、ここだけでなくまだ行ってないところ、興味のあるところはいくつか、いやいくらでも残っていたのだから‥、、で、駅から5分カタルーニャ音楽堂にまず行ってみた。もちろん前回も訪れていたが中の見学はしてなかった。どうせなら見学ツアーでなく、実際のコンサートを見たほうがはるかにお得とも思っていた。今にして思えば、バルセロナへはもう一回行く必要があり、と思っているけど、そのときはもう機会がないかもしれないと思っていたから、何時の見学ツアーがあるのか聞いていた。17:00がフランス語、17:30英語、18:00がスペイン語のツアーがあるとのことだった。この場合恥ずかしい話どれを選んでも我々には同じであったと思う。どれも馬の耳に念仏、右から左でまったく聞き取れないのだから、、それでも英語を選んだのはそれが一番妥当にみられるだろうと思ったからだった。その見学ツアーは一人18ユーロ、しかしここもBus Turisticの割引がきいたのでたとえ聞き取れなくても中だけでも見ておきたいと思って参加することにしたのだった。約1時間のそのツアーは、いやサンパウ病院と同じくドメネク・イ・モンタネールのその作品はやはり素晴らしいものであった。これはモデルニスモ建築の、そしてドメネク・イ・モンタネールの最高傑作といわれていることを十分に学ぶことができたのだった、、

カタルーニャ音楽堂;外から2枚165_640x427173_427x640

中に入るとカフェがあってそこで17:30まで休憩&待機、、
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音楽堂内部、ステージや観客席;3枚169_640x427170_640x427172_640x427


 さて、それで6時半、ピカソ博物館は日曜の午後3時から無料で開放されると小耳にしていたので、まだ開いているかどうかわからなかったがブラブラと歩いていってみた。確かに入り口は開放されていたが入っていいものやら、入ったはいいがどこへ行けばいいのかわからず、すぐに出てしまった。時間も時間だし、ここは諦めることにしたのだ。そうして昨日に続いてリベラ地区ボルン地区を流していたが、どうも前日と様子が違うのはその日が日曜だったからではないかと気づいた。ほとんどの店は閉まっていたのだった。もちろんレストラン、カフェ、バルは営業していた。そろそろ今回の旅のフィナーレが近づいていた。せめて一度はバルに、という想いはずっとあった。しかしバルは一般の旅行者にはちょっと敷居が高かった(実際はそんなことないのかもしれないが)。それならセルベサリアのほうがまだ入りやすいのではないかと思っていた。セルベサリアはビアホール?(スペイン語でビールをセルベサcervezaという)、で、どのガイドブックにも紹介されていてトラベルコの特派員情報にも載っていたセルベサリアはもしかしたら入りやすいかもしれないと思っていたので、そこに行ってみることにした。普段あまりガイドブックは当てにしないわたしだが、このときはそれに従ってみることにしたのだ。地下鉄で二駅、パセジ・ダ・グラシアPasseig de Grácia駅から1ブロック、シウダ・コンドルCiuda Condalはしかし満席だった。それでも常連さんは、そんなこと気にせず入って注文して立ち飲みしている。雰囲気は悪くなかった。少し待っていると高いテーブル席が空いてそこに陣取った。別に観光客の一見さんと思われてもかまわなかった。落ち着いてみているとそんなお客さんのほうが多そうだった。それほどこの店は各国のガイドブックで紹介された有名店であることが窺われた。それはともかく疲れと暑さもあったであろうか、出てきたビールのうまかったこと。瞬く間にお代わりし、注文の仕方もメニュウもよくわからないのでカウンターにあったつまみを指差しで注文、エビ、アスパラ、イワシのフライ、蛸、全て美味しく、ビールも各3杯くらい瞬く間にあけてしまった。バルセロナの打ち上げとしてツレも満足してくれたようだったので、また地下鉄でホテルに戻った(シウダ・コンダルはそんなに安くはなかった。いや、1時間半くらいそこにいて飲んで食べて40ユーロはむしろ安かったというべきか?)。

客の出入りが激しい店の内部、このときはその姿が写ってないが、立ち飲み客もけっこういた、、174_640x427

 ユーロの残金はわずかになっていた。しかし残してもしょうがなかったので、帰り道ほとんど閉まっていたCigne通り商店街中で、唯一開いてたいつものミニスーパーに寄る。馴染みになった親父に聞いて土産用ワインを一本仕入れる。それとツレが娘のリクエストだといって大量のクラッカーを土産用に仕入れた。TUCという一個1ユーロのクラッカーがネット上で有名とのことで日本で買うと500円くらいするとのことだった(後で知ったがどうやらそれはスペインの菓子ではなかったらしい)。それと寝酒用のビール一本買ってホテルに戻る、ホテル帰着は21時ころだった。その時点で残金は5.66ユーロになっていた。

 5日目、現地4日目が最終日で、この日は朝食後そのまま空港に行くしかない日程となっていた。だから実質中3日(つまり4泊6日の実態は初日は日本→バルセロナ、2~4日が現地行動可能日で、5~6日がスペイン→ロシア→日本への移動日)しかなかったのだが、我々はその最終日の朝食前の1時間、いやギリギリの30分にかけていた。いつものミニスーパーの前のパン屋が開かないかと‥、、もし7時あるいは8時、最終的に8時半にでも開けば可能性はあると思っていた。開いたら残りの全額でバルサのクッキーを買えるだけ買って土産にしようと‥、、しかしそれは朝食後8:30になっても適わなかった(われわれはその店が見える近くの公園で7時ころから、まだかまだかと待機していたのだった)。が、それは意外な展開となった。まさかのending !、我々は支度を整えてツレを先の公園で待機させて、わたしはフロントでチェックアウトする旨を告げる。カードキーを渡せば終わりと思っていたら、いつものセニョリータがちょっと待ってくれという。何事かと思っているとなにやらプリントアウトしてtaxの支払いを求められたのだ。何それ?一瞬焦る。あとから思えばそれはわたしのうっかりでチェックアウト時のtax清算は各自の別払いといわれていた記憶はかすかにあった。恐る恐るその金額を聞くと、5.72ユーロ、そのとき持っていた残金全て出しても6セント足りなかった。スペイン語でfalta(不足)といわれてしまった。それでも持ち金全部だというと6セントだったから助かったのかも知れれなかったが、心優しいセニョリータは眼を瞑ってくれたのだった。丁重に詫びと礼を述べてチェックアウトすることができた。そのとき脇にいたセニョリータの相棒氏はその様子を見て笑っていたのを良く覚えている。そう、わたしはまた滑稽なことをしでかしてしまったようだった。この幕切れは、果たして良かったのか、まずかったのか、微妙なところだ‥??、、

パン屋が見える道路わきの公園<その朝撮影>、公園に卓球台が設置されていたのが珍しくて‥、、180_640x427


 それでバルサのクッキーはすっきり諦められることができた。逆に店が開いてたら大変なことになっていたことになる。もう後ろを振り返らず空港に向かうことにした。T-10が残っていたから地下鉄でカタルーニャ広場に出て、エアポートバスは来るときに往復を買っておいたのが正解となった。空港の免税ショップも全て縁のないものとなった。5日目の12:15に離陸したアエロフロートはモスクワ時間17:45着(フライトは4.5h)で乗り継ぎ便は19:10に離陸、9時間の飛行でモスクワ時間4:10、日本時間の6月30日午前10:10に成田着、昼には自宅に戻っていた。そのときも思ったし、今あらためて思うことは、‘バルセロナ、もう一度 !’ ということだった‥、、

<Barcelona 4泊6日>  了