独歩の独り世界・旅世界

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2014の旅 7 , カノに通う、、

 2014の旅 1,で書いたように今回の旅のわたしの主目的はカノにあった、、繰り返しになるが、わたしの友人が関わったある報告書のスペイン語訳をネイティブにみてもらって直してもらうこと・添削をしてもらうことにあった、、その場としてかつて何回も通ったことのあったGuatemala/Antiguaのスペイン語学校カノが当初より目的地であり、実際カノの校長Mariaはわたしの拙いスペイン語での説明だったが、思惑通りわたしの想い・願うところはちゃんと理解してくれ、また持参した日本語・スペイン語対訳のオリジナルコピーを見せて彼女の興味と賛辞までもらっていた、、そしてそのために最もふさわしい先生を選んでくれていて1月20日の月曜から授業は始まった、、

 先生の名前はヴィルマ(Vilma)まだ若いセニョリータだった、、彼女の指導を受けるのは初めてだったが前回・前々回とも見覚えのある先生だった、、一、二回の授業ですぐにわかったことだが、頭の回転の速い非常に知的な女性で、こちらの意図をすぐに理解してくれ、持ち込んだ資料(わたしとわたしの友人とで原著を日本語と拙いスペイン語に訳したもの)を毎回毎回、その内容の面白さから感嘆の賛辞とともに手際よく添削していってくれた、、しかし問題がなかったわけではなかった、、普通カノでの授業は、その人のレベルにあわせてスペイン語の文法及び日常会話をマンツーマスンで教えてくれるのだが、わたしも初期段階で基礎的な文法は学んでいたが会話がまるっきりダメだった、、相当時間は費やしていたと思うが、一度日本に帰るとほとんど忘れてしまって単なる時間と金の無駄遣いをしていたようなものだった(だからカノにとってはよき生徒ということになる)、、ま、それほどわたしにとってスペイン語文法は難しかったわけだが、それは会話だけでなく、少しはましではないかと思っていた訳文も結局同じで、つくづく語学センスのなさを思い知らされるのだった、、それは授業開始前にVilmaに断ってはいた、、オリジナルコピーは二部ってあって、その一部をわたす際にその経緯として、1,これはわたしの友人が関わった実際の体験レポートであること、、2,それを訳すにあたって、まず翻訳ソフトを使って、それを少し手直ししたものであること、、3,文法的な間違いが多々あるであろうこと、、4,なので、たぶん文法チェックだけで時間的にはいっぱいになるであろうこと、、5,わたしの文法レベル・会話レベルは初級段階であること‥を伝えておいたのだが、5,がひどすぎて、この部分はどういうことかと聞かれるたびに、わたしが説明するのだけれど、その訳文もわたしのスペイン語もほとんどつたわらないか理解されないことが多かったのである、、それが重なると若い彼女は苛立ちを隠せない性格だったので、いつも授業の終わり頃には疲れとともにストレスがたまっているといった表情が顔にでているのだった、、わたしとしては、だからここに来ているんではないかといいたいくらいだったが、その優秀さはわかっていたし実際毎回毎回その成果は着実に上っていたので、わたしも必死にならざるを得なかった、、また、その本文の内容がたいへん面白いものだったので(実際その報告書はほとんど世に流通していない情報が満載だったのだ)それに彼女が興味を持ってくれたのがわれわれの関係を何とか維持できたのではないかとも思っている、、毎日4時間、書き込み・修正で真っ黒になるくらい直されたものを帰ってから打ち直して、それをネットカフェで印刷して次の日もう一度添削してもらうという作業の繰り返しとなった、、そして二度の添削を終えたものをその都度日本にインターネットで送るという日課を3週間続け、その仕上がりに友人からもわりと満足そうな返事をもらうことによって、わたしの気力は支えられていたといっていい、、

 というのも、これは純粋にvolunteerであったのだ、、あくまでわたしの意志(暇つぶしのネタ)ということでやっているのだからという矜持が少なからずあって、ある程度の結果はださねばという気持ちは常にあった、、だからこれまでと違ってイイカゲンな学校通いというわけにはいかなかったのだ、、それまでのカノは半ば暇つぶし気分であったから、ほとんどその場限りの会話を実践訓練としてやっていて、帰ってからの復習は宿題でもでない限りはやっていなかった(だから会話も身につかなかったのだ)、、いつも半日はのんびり過ごしていたものだ、、そんなわけで授業が始まってからは若い人たちとの付き合いもなかなか時間がとれなくなってしまったのだった、、もっとも、彼らだってそういう意味では同じく午前中4時間カノに通い、午後も夜もよく勉強していた、、昔のわたしとは大違いであったのだ、、

 しかし結局、当初の3週間でこなせたのは予定の1/3、、いかにその作業がたいへんだったか!?というより、いかにわたしが手を加えた訳文がひどいものであったかが実証されたようなものだった、、当初予定の2月末まで残り3週間となった、、しかし当初より中一週間は私用を兼ねて学校はお休みすることにしていた、、全部は終わりそうにない旨の了解を友人からとって(そのときになってはじめて、当初の予定の期限が延期になった旨を知らされる)、マリアには一週間後に戻るから、またVilmaを予定してくれるよう頼んで休みをとった、、そして最後の2週間は土曜日も入れて週6回、しかも一日4時間を4,5時間にしてもらって追い込みをかけたが、やはり最終的に消化できたのは持参したオリジナルコピーの2/3という結果になった、、わたしもVilmaも燃え尽きていた、、Vilmaはいい仕事をしてくれたと感謝している、、が、とくにpropina(チップ)ははずまなかった、、トータル時間は120時間くらいになったか?(カノは基本一日4時間週5回で一周55ドル、つまり一日あたり11ドルとなるから1時間当たり300円?、これは日本人特別価格でAntigua最安値-ということは世界的にみても最安値ではないかと思う、、しかし決して安かろう悪かろうではない、、)、予定の翻訳終了期限が延びたので終わらなかったところはもう一度行ってケリつけたいという想いが燻っている、、が、一番心配なのは、そのための渡航費用ではなく、もう一度Vilmaがその仕事を引き受けてくれるか(あのおじさんはケチだし会話もままならないし‥)にかかっているような気がする‥??、、