独歩の独り世界・旅世界

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クリール Creel ,デイビサデロ Divisadero 2012,9,22~23

 まだ真っ暗なチワワを列車は定刻に発車した。5時半にチェックアウトして目の前の駅に行ってみると、前日・前々日と誰もいなかった駅舎内はものすごい人であふれかえっていた。こんなにもこの汽車乗る人たちがいるのかと驚かされたが、何のことはない実際列車に乗り込んでみると一車両に5,6人?、つまり座席の1割方しか埋まっておらず、早い話がカラガラだったのである、、詳しくは調べなかったがもしかしたら外国人料金・外国人車両が設定されていたのかもしれない、、どう考えてもこんな高い列車にメキシコ人はともかく先住民タラウマラの人たちが、その生活エリアを通っているにもかかわらず乗れそうもないと思われたからである、、が、はっきりいってわれわれ外国人にとってもメキシコ人にとっても、この列車は高すぎるのではないか?だから利用者が少ないのは目に見えている。すでに観光列車としてでしか生き残れていないから、値段を高くする、運行本数も一日一本になって、まして普通列車の本数も減った、、どうみても斜陽化のスパイラルに入っている、、もしかしたらそう遠くない日にこの列車も姿を消して行くかもしれない、といった思いがよぎる、、船旅同様汽車の旅が贅沢となる日が来るかもしれない、と‥、、

<朝の待合室とホーム;下>025_640x480 026_640x480_2


 ま、だからたまに汽車に乗るとそれなりに快適ではあったし、のんびりと車窓を楽しみ、ゆったりした気分になれるのはなかなか得がたいものではあった。売店の車両がついていてコーヒーやスナック、カップヌードルなんかを販売していたので、朝食をとっていないわれわれにも重宝した。が、それなりに景色は楽しめたものの、もしかしたら車窓としてはわれわれが降りたクリールから先、ロスモチスへの経路のほうがよかったかもしれない‥??、ほとんど定刻、思ったより早くクリールに着いた。よくわからないのはこの列車は一等車両・二等車両の区別はあったが、急行と普通の区別はないのではないかということであった、、なぜならこの列車一本の運行なので、そういう意味では火・水・金・日が急行で一等のみ、月・木・土が普通列車で一等・二等の区別あり、とするのが正しそうだった。それにしてもその急行・一等に乗る乗客ってどのくらいいるのだろうか?それでなくとも暇そうな乗務員を多く見たのだけれど、その数とあまり変わらなかったりして‥??

<前3両、黄色い車両が一等車>032_640x480

<クレール駅> 036_640x480_2


 列車到着にあわせて、地元の子供たちがホテル勧誘のアルバイトに寄ってきた、、が、ホテルは予約しているといってその難を逃れた。実際前日にチワワでネット検索して安宿を見つけていた。ま、すいてるだろうとは思っていたが、ネットで調べていたらなんと食事つきで600ペソ(二人で4000円弱)とあったから思わず予約を入れてしまった。簡単なつくりの駅舎を出ると、その先にパルケセントラルとおぼしき公園があって、その向いの角にそのホテルはあった。そのホテルはバックパッカーや貧乏旅行者には有名なところらしく人気の宿のようであったが、その日の宿泊者はわれわれだけのようであった。宿のオーナーらしい若者はしきりにツアーを勧めてきた。客が少なくて暇なようであった。ツアーは何ヶ所かあって、なんといってもこの地のハイライトはグランドキャニオンより広く深くでかいかも?といわれている(実際はどちらともいえなかったが)銅渓谷Barrancas del Cobre(Copper Canyon)で、そこへは明日を予定していた。が、まだ昼を回ったばかりで午後の時間に安くするから別のツアーはどうかといっている、値段しだいだ、というと普通は300ペソだが半額でいいといってくる、、あとから思えば通常300ペソそのものをまず疑ってしかるべきだったが、会話の成り行き上、半額に引っかかってしまい断れなくなってしまった。近郊の景勝地とタラウマラTarahumaraの人々の住居等を観て回るという、2時から3~4時間だといっていた。で、実際それは150ペソの価値があったかというと、うーん、難しいところだが、少なくとも2時半から6時半までの4時間の時間潰しとしては、興味深いところはそれほどはなかったが150ペソなら了としてよいかもしれない、、そのとき回った先は、1,Lago de Ararecoどうってことない湖、タラウマラのおばさん・少女らが細々と土産を売っていたがその寡黙な姿が妙に切なく映る、、次にいった先は2,Cascda de Cusarare ここは滝、なかなか見ごたえがあるものの、だからといってどうってこともない、、ここにも多くの土産を売るタラウマラの女性たちがいたが、いずれも寡黙、3,Mission de San Ignacio かなり古い教会、付近にたタラウマラの人たちの学校や住居あり、4,Valle de Hongos y Panas 訳すとカエル石、きのこ石のある谷?要するに奇岩や動物の形をした石、奇跡的に倒れない石などの多く見られるところ、ここで息子がひとりの寡黙な少女から安物の土産をひとつ買ったらたいそう喜んでいた。5,Cuevas de Tarahumara ここは少なからず衝撃を受ける、要するに洞窟でいまなお生活するタラウマラの人々ということなのだが、実際そこで生活をしている人がいて、その原始的な生活をひとつの見世物としていた。ま、少々やらせっぽいところもあるのだがその人々の表情が哀れをもよおす、何が悲惨かといって、どうもここの先住民タラウマラの人々の生活はそうとう厳しそうだということ、少なくとも今まで見てきた世界各国の先住民の生活の中でもこれほど自信と尊厳を傷つけられている例はもうあまり目にすることはない、、いまやどこの先住民たちもほどほどに権利回復して、それなりの先住民にたいする待遇改善・施策がみられるようになっている現状からすると、ちょっと想像以上にショックが大きかった。メキシコ政府はここの人たちにどれほどのことをしているのかと少し腹立たしくなったのである、、そんな光景を、このツアーの最初から目にしていたので寡黙の彼ら彼女らがどれほどのものを語ろうとしているのかがよく伝わってきたのであった、、あー、それでも何もできない、何もしてあげられないわたしがいる、、みやげ物を買ってあげても何の足しにもならないのではと思って土産ひとつ買っていなかった。そしてここのホテルのオーナーたちもツアー業者たちもおそらくメスチソ(メキシコ人)で彼らを食い物にしている、、彼らの尊厳が回復し生活が守られる日が来るのであろうか??ここの先住民問題は今なお深刻である、、

<最初の日のツアー写真何枚か、上2枚;Cusarareの滝>

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<サンイグナシオ教会とその教会のある村>

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<Tarahumaraの人たち洞窟住居?上と下、ただしすべてのTarahumaraの人たちがいまだこのような暮らしをしているわけではない>

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<洞窟の前にあった貯蔵小屋>
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  以上を回るのにたっぷり4時間くらいかかって6時半頃街に戻る、もう夕食の時間だった、、夕食はわれわれの宿と同オーナーの別の宿、2ブロックはなれたところにある同名のホテルで用意されているとのことだったので歩いて出かける。そこはそこそこ宿泊客があって、そこのレストランは白いテーブルクロスの敷かれた瀟洒なところで、食事の内容も悪くなかった。次の朝もそこで朝食をとり、9時ころからスタートするコブレ渓谷のあるディビサデロへのツアーを待った。そのツアーもはっきりした料金はわからなかったがひとり250ペソを200ペソにまけるといってくれた、繁忙期料金と閑散期料金の違いかもしれなかった。そのツアーにはメキシコ人女性3名とヨーロッパのご夫婦が一緒となった。コブレ渓谷のあるディビサデロへはクレールから車で1時間、そのツアーは9時から14時の予定であった。したがってコブレ渓谷は10時から13時の間、何ヶ所かの展望スポットを回ってくれたのだが、最初の感嘆はやがて薄れていき終いにはまたも腹立たしさが残る結果になってしまった。それというのも確かにグランドキャニオンに匹敵するこの渓谷は雄大で見ごたえは十分であったが、グランドキャニオンも同じだが一度みて写真に収めれば(なかなか雄大すぎて収まらないが)もうそれだけの話、二度行くところではない、、多少アングルを変えても飽きてくる、、ところがツアー業者・ドライバーの商魂はたくましく、オプションなのだがロープウェイがあって、向こうの峰までいけるがどうだといってきた、わたしはそれが最初何のことかわからなかった。ローブウェイがあることもロープウェイというスペイン語の単語も知らなかったのだ。彼は一生懸命説明してくれ、早くも他の全員の了解をとっていた。わたしは彼の説明で何とか理解したが、ひとり往復200ペソには納得していなかった。高すぎるし、向こうの峰に行ったとしてそれほど景観が変わるとも思われなかったからだ。しかし、他の全員がいくといっているところをわれわれだけ断る勇気とそれをやんわり断る言葉・会話力を持ち合わせてなかった。結局同意してしまったのである、結果は思ったとおりであった、、少なくとも200ペソの価値はまったくなかったといっていい、だからこそ余計、あとから断れなかった自分が腹立たしくなってきたのであった。いや、二人で400ペソは貧乏旅行者にとっては結構な額であったからである、、そんなんでディビサデロの鉄道駅で昼食の自由休憩となったが、そこでは何も食べずに過ごした。息子は息子で体調が悪かったのか、彼も食事を取らずなぜか機嫌がよくなかった(わたしの不機嫌が移ったか、態度にでてしまったのかもしれなかった)。ディビサデロを13時に発って14時前にクリールに戻った。

<Barrancas del Cobre 銅渓谷、数枚とTarahumaraの土産売りの少女?>062_640x480 068_640x480073_640x480074_640x480
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<ディビサデロ Divisaderoの駅とたまたま停車中の列車>
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  それは前日に汽車でここに着いたときだったか、駅の向こうにバスが停まっているのを目撃していた。観光バスではなく普通の路線バスのようだった。前日のツアーが出発する前、2時間くらい時間があったのでクリールの街をぶらついてタコスのスタンドで昼食をとって、その足でそのバス会社を訪ねてみた。二つのバス会社が並んでいていずれもチワワまでの路線バスで一時間に一本くらい、しかも250ペソでチワワまでいけることがわかった。このときも、それを知らなかったことを悔やんでいた。ならば一日早く、しかも安くここに来られたではなかったか ! !(いずれにしろ普通二等の1/2以下、一等の1/4では汽車を利用する人がいないわけだ) ま、いまさら悔いても遅かったのだが、迷うことなく帰りはそのバスを使うことにしていた。しかもひとつのバス会社のほうはその同系列のバスで次の目的地サカテカスまでチワワ乗換えでいけることがわかった。前々日の列車到着時の心配はすべて取り越し苦労となったのであった。しかし知らなかったとはいえ、その情報はtourist information観光案内所では得られなかったものだろうか?わたしが聞かなかっただけなのか?いや、もしかしたら観光案内所の立場からむしろこの鉄道に乗ってほしかった?いろいろの憶測が浮かんだ、と同時に、もしかしたらディビサデロ・コブレ渓谷ツアーにしてももっと安くいける方法があったかもしれないと思った。何台かそんな普通の観光バスのようなものも見かけたからである、、それぞれの思惑が絡んでいるから本当のところはわからないし、いまさらどうのといっても始まらなかった。それでも15時のバスで、しかも21時の乗り継ぎでサカテカスに行くバスのticketを手に入れていたので少しはそんな疑念と悔いは薄れていた、、帰りのバスはまた違った風景が楽しめた、そして途中のクアウテモックCuauhtemoc市から乗ってきた少女の神秘的な美しさに、しばし年を忘れ時を忘れていた、、

<Creelの駅前の公園とメインストリート;下>084_640x480035_640x480

<勝手に隠し撮りしました、スミマセン>086_640x480