独歩の独り世界・旅世界

他のサイトに書いていた'独歩の独り世界・旅世界'を移転しました

インドネシアの旅 第一章 ヌサトゥンガラ緒島 その2, ロンボク島へ

 初日の夜は閉じなかったというのは、現地時間22時頃にはでかいベットに横になったのだけれど眠れなかったのである。暑過ぎるということはなかった、エアコンも付いていたし、ただ一晩中痒みに襲われた。その原因が不明なのである、当初は蚊、もしくはダニ等の虫(昔はいろんなところで往生した経験があったから)と思って徹底的に調べた。が、その証跡はなかったのだ、、もしかしたらなにかのアレルギーだったのかと後から気づいたが、それも何のアレルギーかの見当もつかなかった(そもそもアレルギー体質ではない)。わたしはそれが理由でこのairbの宿評価を最悪、としてしまったが、もしかしたらその原因がわたしにあったのかもしれないから(アレルギーだったとしたら)ちょっとまずかったかなぁ、と後から思ったが、その他の面でもこの宿はあまり勧められる点がなかったから、ま、それほど気にすることもないかと正当化してしまった。いずれにしろバリ島のホテルはたいてい朝食付だったが、流石にあの価格ではそれは望みすぎだったようで、それならばとシャワーを浴びて、前日コンビニで買ったリッツのビスケットとコーヒー(日本から持参、お湯だけもらう)の朝食後7:40にチェックアウトした。

 今は本当にどこにもATMがあるから最初のATM (mandiri)でインドネシアルピーを調達した。ATM利用は手数料がかかるからできるだけ一回で限度額をおろそうと思っていたが(何回かやって、その限度額は2500,000Rpと知る)そのやり方がわからず、そのときおろしたのは2000,000Rp(手数料込みで17000円弱だったことを日本に帰って確かめた)だった。そこからPelniは近く、8時には前日確かめてあったPelniのオフィスに着いていた。どうして一週間先のticketにこだわったかというと、実はこのticketは日本でネットで検索したとき、その場で購入することもできたのだが、わからないことが一つあって、それはクラスの選択がどうなっているか、ということで、それを確かめてから購入しようと思ったのと、出航地(マウメレ)でも買えたかもしれないが、その場所がよくわからなかったこと、またその時間的余裕がとれるかどうかの不安があったからであった。で、8時オープンの可能性もあったから、8時にそこに着くも船会社の人もお客さんも、ともかく人の気配はまったくなかったのであった。ほんとにここで買えるのかという一抹の不安もあったがともかく待ってみるしかなかった。20分くらい待っててようやく人の気配あり、が、売り子でなくどういう役割の人か見当もつかず、ともかくそれでもここは何時から開くのか聞いてみた。多少英語は通じたのか、9時からとの回答を得た。そうこうするうち、今度はお客さんらしき女性が一人現れる、英語ができたかもしれないが、お客さんらしかったので声はかけなかった。9時少し前にオフィスの女性と思われる人が来て、無事2/1のmaumere~makassarのticketを購入することができた。この船は(どうやら、今やPelni Lineのほとんどの船が)クラスはeconomyしかないようで、わたしの質問にticketはこのクラスしかなく金額は173,000Rp(一応食事つき)と答えてくれた。そのときは173,000Rpがいったい日本円でいくらかすぐに換算できなかったのだが、今いえることは、20hの予定が24hとなった船旅が1400円 - ただし飯は酷いものであった - ま、安い乗り物であったが、その模様はいずれまたということになる‥、、

PelniのKutaオフィスImg_7150_640x480


 第一の関門を突破したわたしはその足でPerama社に向かう。途中前日見つけてあった国営の観光案内所によって地図等をもらった。ここに限らずこういった政府機関のインフォメーションセンターというのはどこも人気がなく、ほとんどツーリストは行かないようで応対はまことに親切であった。そのときは特に困っていたことはなかったから、どこに行きたいのかとかいろいろ聞かれたが、地図だけもらって辞した。しかし何か聞きたいことがあれば、こういうところはけっこう利用価値はあるのだ。そこから10分くらいのところにPerama社はあって、9時半にはそこに着いていた。10時発のロンボク島行きのフェリーがでるパダンバイPadangbaiまでのticket<75000Rp>を買って、そこの2階の待合室?で待つことになった。バリ島の旅行者にとって問題の一つが公共の移動手段がない、あるいはあっても使いにくいということがあった。ま、発展途上国のどこでも同じ問題を抱えていて、その解決策のひとつが旅行会社運営のシャトルバス(主だった観光名所を繋ぐミニバス?)がそれを補う形で発達していた。ここでもこのPerama社がその役割を担っているようだった(その歴史は知らないが、今は旅行会社というより、シャトルバス主体の会社?)。若い従業員がかなり組織的に働いていた。よって利用者は外国人ツーリストが主で、10時のバスには5~6人の欧米人の姿があった。しかしこのバスはどうやらPadangbai直行ではなかったらしいことが、デンパサールの渋滞を抜けて走っていく方向から気がついた。それはウブドUbud経由のチャンディダサCandidasa行きだったことをようやく知ったのだが、そんな寄り道をしていたらフェリーに間にあわなくならないか気になったので、何時にPadangbaiに着くのかドライバーに聞いてみると13時頃とのことだった(その時点でフェリーの出航時間を知っていたわけではなかった)。ウブド着11:20で出発が11:40だった。そこで乗客はわたしともう一人に減ったが、その人はツーリストではないようだった(地元民風だった)。ウブドからは来た道を少し戻ってから、左方向、東に向かって海に近づいていった。Padangbai着は12:50で港は目の前にあった。早速呼び込みが集まってきて、どこへ行くのか聞いてきたが、それらはすべて無視した。関わらなくて正解だったと思うが、彼らが一生懸命勧誘してきたのは、まず、スピードボートに乗らないかというのとロンボク島マタラムmataramまでいくらいくらで行くというものだった。スピードボートの乗り場は別にあったが、最初から乗るつもりはなかったのでそこへは行かず料金はわからなかった。またマタラムまで行くという勧誘は、このときロンボク島の港レンバルLembarからマタラムまでの足を確保してなかったからちょっと気になったが、後から考えて、もしそのticketを購入してもそれがレンバルでしかるべき車に乗れる保証は全くないことに気づいて、危うく詐欺にあうところだったのだ。しかしこの手に詐欺にはこの後引っかかることになる、、

政府機関のTurist OfficeImg_7152_640x480

上の観光案内所から5分、たぶんこの辺がKutaの中心?通称ペモコーナーImg_7154_640x480

Perama社オフィスはペモコーナーから200mくらい?Img_7156_640x480Img_7159_640x480Ubudのぺラマ社オフィスImg_7161_640x480Padangbaiに着く、向こうが港

 ちゃんとしたフェリー乗り場のticketオフィスで購入したロンボク島までの船賃は46000Rp(4時間乗船で400円くらい?)だった。出航は14時ということで1時間ほど余裕があった。その間に食べ物屋を探して腹ごしらえ、Mie Goreng<焼きそば>が30000Rp、それと一応水7000Rpを仕入れて乗船した。実際の出航は14:15で車は満載であったが、乗客はそれほど多くなかった。二組くらい欧米人のツーリストを見たが、ほとんどは地元の人たちで、曇り空の下ほとんど波のない静かなロンボク海峡をいった。この海峡はどこからでも両方の島が見える近さであった(25~40km)が、こうして知らない人には別に何の意味もない、あの有名なウォーレス線を越えたのだった。そしてその船のキャビンで知り合った地元の青年?いや30代のオッサンといったほうが正しいか?名前をImadeといったが彼はこの旅で知り合った最初の人となるのだが、わたしにとって幸運の女神ならぬ、信じられない好意に与ることになる幸運な出会いがあった。ロンボク島レンバル着はパダンバイからきっちり4時間18:15だった、、

Padangbaiの港とフェリー;4枚Img_7163_640x480Img_7165_640x480Img_7167_640x480Img_7170_640x480車は満載

Padangbaiの美しい浜、ここはのどかな村でのんびりするには良さそうなところに思えた、、Img_7168_640x480

14:15出航Img_7172_640x480

Lombok海峡を行く;2枚Img_7174_640x480Img_7182_640x480向こうの島影はロンボク島

こんな感じのキャビン、たまたまあいていた座席に座った隣にImadeがいたImg_7183_640x480

Lembarの港が見えてくるImg_7185_640x480

Lembarの港;2枚Img_7190_640x480Img_7192_640x480