独歩の独り世界・旅世界

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5回目の区切りうち遍路 その2,善根宿<すだち館>

 善根宿という言葉は聞いたことがあったが、それがどういうところかはそれまで知らないでいた。少なくともこれまでの数回にわたる区切りうちで、数十泊いろんな宿に泊まってきたが、善根宿と呼ばれてるところに宿泊したことはなかった。今回焼山寺の宿坊がいっぱいで、そこから一番近かい宿に予約を入れたのだが、そこが善根宿‘すだち館’というところだった。昔はもっと多くあったようだが、四国を回るお遍路さんに無料で(善意、あるいは施行として)宿泊場所を提供するところ、というのが本来の善根宿の定義だったようで、さすがに今日では無料ではなくなっているようだが(一部あるようにも聞いている)、低料金で宿泊場所・食事の提供をしているところとして、今でもまだ四国中あちこちに存在しているということをわたしはこの時初めて知ったのであった。

 そういうことを詳しく教えてくれたのが、すでに20回以上四国を回られているという大先達?のT氏、すなわち軽自動車に乗っていた浴衣の先客=焼山寺ですだち館への道を教えてくれた人だった。年はわたしと同じくらい?飄々とした感じの、はっきり出身は聞かなかったがその言葉からして関西の人だった。その方から、これもそのすだち館の善意による施しの一つだったのだが、実は里にある神山温泉というところに送迎してくれ、しかもそこの入浴券までくれるという、全く思ってもない接待に与り、その送迎の軽自動車の中で聞いたのだけれど、話はそれだけでなかった。その車を運転していたのはすだち館の隣人のかた?すだち館のそろそろ80になる(はっきり聞いておらず、もう越えていたのか?)親父さんが運転することもあるようだったが、もう高齢の親父さんに代わって、やはり善意の施しとして、その役を引き受けており、いずれは(お子様がいないというすだち館のご夫妻に代わって)すだち館を継いでいかれる方とお見受けした。で、その方が話すならともかく、その方に代わってすだち館の成り立ちを説明されたそのT氏の話によると、この先達さん<T氏>は、すだち館が開業される前から歩いていて、7年前の開業当初からのお付き合い、年に2回は四国を回っているとのことだったから、ま、このすだち館のもっとも古い常連さんだったのである。で、この世間的にはかなり地位のありそうなこの方(お医者さんか会社の社長さんといった風格があったが実際は知らない)のいい分がよかった。善根宿というのは、施し・善意で宿を提供してくれているので、本来ならばしかるべき人がその提供を受けるところです。なので、それなりの資力のある方は、遠慮すべきところなのです。それでも自分はこのご夫婦の気持ち・性格に惚れていつも泊まらせてもらっているのだ、と、、善根宿の基本はそういうことのようだった、が、わたしもここのご夫妻には惚れてしまったから、今回は知らなかったで通ったかもしれないが、次回もそれを知った上でもまた泊まらせてもらうことになるだろうと思った。それほどここのもてなしは素晴らしかったのだった。

すだち館(これは次の朝写したもの)Img_3067_640x480

雨模様の神山温泉Img_3059_640x480


 公共の温泉施設である神山温泉も、全く素晴らしかった。気持ちよかったし、ずぶ濡れの衣服を着替えることができ、疲れもずいぶんととれた。ピストンで新たな客を乗せてきた軽自動車で再び片道20分の道を引き返す。その途上で件のT氏は焼山寺で出会ったときの経緯をこう話してくれた。自分は、今二十何回目かの歩き遍路を逆うちでやっている。すだち館からそこまで歩いて登ったが、帰りは親父さんが迎えに来てくれることになっていたから、わたしに声をかけてくれた、とのこと。ところが、わたしが断ってくれたので結果的には助かったとのことだった。実はそのとき迎えに来てくれた車は軽トラだったので、2人しか、つまり自分だけしか乗れなかった、という話だった。ま、雨が降っていたとはいえ、それほど疲れてはおらず、しかも下りだったし途中の杖杉庵にもよってみたかったから、それについては気にしてないこと、そしてどこから歩いているのかと問われたから、昨日の夜の夜行バスで来て、鴨島から歩いてきたことを伝えると、あまりそういう例が聞いたことがなかったようで、それはたいしたもんだと感心してくれた。ま、そんな感じでこの先達は、遍路の先達だったばかりでなく、わたしにとっては神山温泉の先達でもあったし、すだち館の先達ともなってくれ、部屋の案内・設備の案内等も含めて夕食の準備に忙しいオカアサンに代わって、すべてを教えてくれたのであった。

 このときの宿泊客はその先達とわたしの他に年配の方と若い方の歩き遍路さんと、少し遅れてこられた年配と若い方の自転車遍路さんの計6人、だから少なくとも神山温泉のピストンは、3~4回行われたようだった。最初に4人での夕食となったが、内容は素晴らしく、ビール一本では足りなくなる。そのときにそこのオカアサン及び先達さんから、いろんな話を聞いたのだけれど、そのなかで現在の善根宿の状況とか、どこにどんな宿があるかも教えてもらったのだった。それに絡んで面白かったのは先達さんが歩き遍路に必要なものとして体力とシリョクといったから、わたしは視力かと聞き返してしまった。もちろんそれは資力のことで、それはたとえ善根宿を利用したとしても大変な額になる、というような説明となったので異論を挟まなかったが、わたしの経験から思ったのは、やはり最も欠けてはできないのは体力ではないかと思ったことだった。つまり逆にいえば、そういう意味で善根宿はありがたいのだけれど、それを使わずとも資力が乏しくて歩けないのではなく、体力的にきつくなった人たちがお金を使ってツアー等で回っているのをみれば、今の時代は第一が体力で、次に資力ではないかと思ったのである。ましてやこの先達さんなんか、どうみても裕福な顔立ち、余裕のある言動からすれば、貧しさには最も縁遠い方にみえたからだ。もっともそれにからむ問題として善根宿にも関わることで、いわゆる職業お遍路さん(コツジキ遍路)の話もでて、いろいろ遍路の実態や問題ある遍路さんの話などを聞くことができた。それでもすだち館はいいお遍路に恵まれて、外国からのお客さんも多いことなどを話してくれた。で、わたしとしては体力・資力だけでなく、視力も重要だということをいいたかったのだけれど、その発言は控えた。いいたかったことは、体力の衰えとともに視力の衰えてきた自分にとっては遍路の標識が見えない、見落とすといったことがけっこうあって苦労もした、というようなことだったが、そのときの4人はわたし以外はみなリピーターのようで、つまり一度は四国を回り終えた人ばかりのようだったので、わたしは皆さんの貴重な話を聞くことに専念したのだった。オカアサン(見た目はたいそう若く、親父さんの娘さんかと最初思ったのだけれど、どうやら奥さんのようだった)も傍らで話に参加してくれてこの食卓はたいそう楽しかった。食事も大変おいしかった。たぶんわたしもリピーターになるだろうとそのとき思った。 

 あくる朝、早起きして一台しかなくて夜遅くまで空かなかった乾燥機を使わせてもらう。その間すぐ脇を流れる渓谷、左右内の村落を散策。なかなか山あい風景が気持ちをすがすがしくさせてくれるところであった。朝食をいただき、昼食用のおにぎりも作っていただいて、それで4000円というのは、ほんとにありがたかった。おカアサンに送られて、すだち館を発ったのはちょうど7時で、雨の心配はなさそうだった、、

宿泊場所は母屋から少しはなれたところにあった、向こうにすだち館の母屋?Img_3060_640x480

建物の脇を流れる左右内谷川渓谷;3枚Img_3061_640x480Img_3068_480x640Img_3063_640x480

村落の風景;2枚Img_3064_640x480Img_3066_640x480この写真の突きあたりがすだち館