独歩の独り世界・旅世界

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the great american songbook

  ネタのない日が続いてます。非公開のブログを一本書きましたが、最初からそのつもりだったので、そろそろブランクは一か月になりそうです。そこで無理やリ上記タイトルで短文を書いてみることにしました。最近わかったことの一つに、どうやらわたしはツイッター向きではないということがあって、となるとやはり何かネタが必要となってくるのですが、珍しくこれは音楽ネタなのです、ま、無理やり何とか紡ぎだした門外漢のネタなのでうまくさばけますかどうか、全く自信はありません、、

 で、たぶんthe great american songbookと聞いて、あ、あのことか、とわかる方は恐らくわたしのブログを読んでくれている方の中には一人もいないと思います。これは某ラジオ局のタイトル?(orラジオ局名?)といっていいのか、ま、その辺の話から始めます。どのジャンルに限らず、音楽はこの世になくてはならないものの一つという認識は万人共通のことと思われます。その上で例えばわたしは演歌だ、クラシックだとそれぞれ好みがあるのだと思われますし、あるいはわたしはストリートミュジシャンだ、ロック歌手だ、といったアーティストとか、作曲家・作詞家といった立場が考えられますが、そう、大きく分けて聞き手(受け手)側と送り手(与え手)側の線引きはできそうです。そしてもちろん誰もができれることなら与えて側になりたかったのではないでしょうか?その才に恵まれた方はやはり聞き手側にいる人たちより幸せな人生を歩まれたであろうと想像することは簡単そうです、、

 もちろん大方の人がそうであったように、わたしもその才能には恵まれなかったというか、もっと悲惨で皆無であった。少なくない人がカラオケという場で、プロにはなれなかったものの送り手側に与することができる今の世の中、その幸せに酔う姿を何度も見せつけられてきて、わたしの非才・無能をなんども苦渋とともに恨んだことか?そう、わたしは楽器を操ることも、歌を歌うことさえできなかったから、そういう意味では音楽を語る資格などないのである。そうなると残された道は聞き手しかなかったわけだが、これも聞き手側のマニアとか通になるなどということはまったくありえなかった。聞き手としても評論家や追っかけなどという、その道に通じている人が多い今の世で、結局は最低レベルのただ好みの音楽を聞いて安らぐこと以上の積極的行動、関わりは持ったことがなかったのであった。それでもその好みのジャンルというものは明確にあったし、そういった音楽に接しているときの心地良さを、ま、受動的とはいえを感じることは多かった。

 ま、その程度の音楽ファンだから、以下は単なる戯言でしかないことを承知してもらったうえで、わたしの好みを少し披歴すると、我々の世代(団塊の世代)にとってはテレビが出現する前の時代がちょうど中学生ころで、なんといってもラジオから流れるアメリカンポップスに魅了された最初の世代ではなかったかと思う(ジャズは戦後まもなくから流行りだしていたが)。それから半世紀以上たって、未だにその頃の音楽が心地よいというか、ま、これがいわゆる刷り込みってやつかもしれないが、今聞いててもっとも耳慣れしているのである。そしてそれは懐かしさを通り過ぎて、今では日常的にそれが聞けるということを数年前に知って、そういう意味では極めて特殊と思われるジャンルを聞き続けている。どういうことかというと、これはまあ偶然の産物であるが、2年くらい前に偶々iPadが手に入って、今でもこの扱い方を習得していないのだが、今の世の中あらゆるジャンルの音楽が無料でいつでも四六時中聞けることを遅ればせながら知ったということから始まった。それはそれまでの半世紀間は音楽とは全く無縁で過ごしてきたということでもあった。その間に手にしたCDは数枚で、それも常時それらと親しくしているということはなかった。が、このiPadから流れる音楽はラジオだった(スミマセン遅れすぎです)。しかし自分の好みの局にたどり着くのはそう簡単なことではなかったのだ。わたしがこのthe great american songbookという局?に行きつくまでの経過は以下のようであった。まず、iPad(に限らずか?その辺のところがよくわかってない)には無料で音楽を聞けるアプリが少なくとも10くらいはあったと思う。そのどれがどう違うのか全く分からないから、たまたま選んだところがSmart Musicというところで、以来そこに固定化している、というかそのあとタマタマ最終的にたどりついたthe great american songbookが自分の好みにぴったりだったから、そこから動けなくなった、ということなのだけれど、そのアプリは次にランキング、プレイボックス、ラジオの選択があった。よくわかってないのだけれどランキングは、その日の各国(日本、韓国、アメリカ、イギリス)のチャートが表示されていて、例えば本日(11/25)の日本のチャートランキングはunion square garden という全く聞いたこともないグループの名前が表示されているのだ(もちろんそこからすぐにこのグループに飛べるようだ)。次のプレイボックスは、どうやらそれらをすべて含めた自分のお気に入り曲を登録しておけるところのようだった。最後がラジオという選択だった。そこでわたしはランキングもプレイボックスにも縁がなかったからラジオを選ぶと今度はお勧めラジオかジャンル別か聞いてくるのだ。お勧めラジオは国別で日本・韓国・中国・米国・英国・EUからの選択、ジャンルのほうを選択するとAlternativeから始まってBluesやClassical‥と25ものジャンルの内からの選択となった。そこで、中学生以来の好みのジャンルJazzを選択すると今度は世界中のJazz stationが、なんとその数は無限に近くおよそ100局くらいでてきて、そこからの選択になった。もちろんそれらを全部チェックなんかしてない、最初はいくつかの局を視聴していて、ま、同じJazzといってもこれほどまで細分化しているのかと驚かされるのだけれど、漸く聴き覚えある曲に行きあたったのが、この the great america songbookというチャンネル(局)だったのである。

 さて、ではそこから流れてきた曲はどんなものでわたしの好みがどんなものだったかは、具体的なアーティストや、曲名で紹介したほうが早いと思う。早い話、これも知る人は知る名曲なのだが、わたしのmost favourite songはsmileでsingerはこれも知る人は知るの往年の名歌手Nat King Cole(お嬢さんも有名なNatalie Cole)である。で、たまたまよく知るその時代の名曲がかかったのかと思ったら、その辺りの懐メロ(ほとんどJazz ボーカルで、はとりもなおさずわたしの最も好きなジャンルだった)を中心とした曲を流している局だったのである。どうやらこの局に行きつくまでに、先にいった選択肢を経るとおそらく何千分の一くらいの確率かと思うが、こういう特殊なstationに行きあたったのであった。それでここがわたしのお気に入りの局になったというわけだった。繰り返しになるが、もう先行き短い人生を思うとき、生涯のmy favourite song とfavourite singerは確定してもいいだろうと思ったのはすでに十数年前のことだった。それ以来気持ちの変化はなく、先日老母の葬儀を執り行ってもらった友人の葬儀屋には、わたしの場合には葬送曲をsmileにしてくれと頼んでもあるのだ。もちろんKing Coleにはその他にも名曲はたくさんあって、Love とかStar DustとかPaper MoonとかRoot 66,Mona Lisaといった往年の名曲がしょっちゅうかかっているのである。実はわたしが中学の時に買った生涯初のLPレコードが、このアルバムでそれらが全部入っていた(それはどこへ行ってしまったか?50数年前の話しだが、記憶にはきちんと残っている。ただsmileはそのあとの曲だと思う)。で、何よりこの局で感激したのは、この局はどうやらLAが本部で支部がLondonとTokyoのようであって、毎日LAの日付が変わるとき(日本時間だと夕方5時、サマータイムの先月までは夕方4時)にキングコールの曲ではないが、必ずsmileをかけるのである。これを聞いたとき、わたしは生涯このstationから離れないだろうと思ったのだった。そのstationの名前がthe great american songbookだったのである。

 ところが先日数日間、この局がわたしのiPadから姿を消してしまったのである。いや、それは今回だけでなく、もしかしたらわたしのiPadからだけかも知れないが、時々、入らなくなるのである。しかし局自体が消えてしまったのは今回が初めてだった、相当気が揉んだのであるが、ある日突然復活しているのである。他の局ではありえないことで、わたしにとっては謎である。その辺の事情をご存知の方がいたら、あるいは一人もいないと思っているが、もしかしたら同好の志がいたら、是非一度連絡いただけたらと思っている次第である。‥以上つまらないネタでオチもなく恐縮しております、、