独歩の独り世界・旅世界

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四国お遍路 第2弾 3,二日目 35番清瀧寺、36番青龍寺<ドラゴンバス>

  この日の予定は以下のように考えていた。行程から35番清瀧寺<キヨタキジ>はホテルから3km、もちろん歩きで参拝を含めて往復2時間、そのあとの36番青龍寺<セイリュウジ>が、そのホテルから見るとちょうど35番の逆方向だったから、宿に荷物を預けて往復するのが賢しこそうだった。問題は次の青龍寺までの距離にあった。何が何でも歩くつもりだったら迷いはなかったのだろうが、このときはバスがあったら使いたくなる距離、つまり歩いたら2時間半くらいはかかる10kmほどの道程であった。しかし、それでも歩けない距離ではないので、適当な交通機関がなければ歩くつもりでいた。前の日にこのビジネスホテルに着いたときに、受付の女性にチラッとそれを聞いてみると、小さな時刻表で調べてくれ、何本かあるといってそれを渡してくれた。ドラゴンバスというこの土佐市を中心とした地域(コミュニティ)バスの時刻表だった。いわれたところを確認してみると確かに少ないながら、36番の近くまでいくバスはあった。そのフロントの女性は36番の下車地は竜というところだといっていた。<竜>即ちドラゴンである。また35番清瀧寺も36番青龍寺<龍>の字が見えている。なにやらドラゴンとは因縁の地であるようにも思えた。で、その竜まで行くバスは4本ほどあったが、利用できそうなものとしてはホテル前にあったバス停10:50というのが、この際もっとも都合が良さそうだった。それでいくと竜まで30分300円(ちなみにこのドラゴンバスの料金は一部200円のところがあったが、全区間300円という均一料金だった)、この誘惑というか、ありがたい情報に抗うことはできなかった。それなら朝8時にでて清瀧寺を打って戻っても十分に間に合う時間だったからだ。しかし、問題はそのあと(36番のあと)どうするかであった。なんとなれば次の37番岩本寺<イワモトジ>までは約60kmの行程、歩いて2日、いやわたしなら3日の行程であった。この区間も含めて土佐路は長距離移動を強いられることで歩き遍路にとってはまさに修行の道場といわれていたところである。もちろんそれを知ってて、わたしは軟弱にも歩き遍路を降りていたのだった。しかし、歩き遍路を達成した人から言わせると、この土佐路を歩ききって結願し振り返ったとき、その時の辛さがもっとも鮮明な、よき思い出として残っている、という話をよく聞くのだ。それを思うにつけ、前回の初遍路のとき、最初は歩いていたので3日目に泊まった宿でバイク遍路氏が、自分は軟弱だからと、しきりに歩き遍路を持ち上げて、自らを卑下していたのを思い出す。今回は特に歩いている人に多く出会って、わたしも自分の不甲斐なさが身に染みてきて、そのときのバイク遍路氏と同じ気持ちになるのであった、、

 そして、この36番からの海を眺めながら歩く道も、素敵なルートで印象に残る道のひとつと聞いたこともあったが、今回は断念した。それは下車した竜の停留所から2時間後にドラコンバスがあって、そのバスで土讃線の伊野という駅に出られることがわかったからだった。そこまで出られれば、今度は前々日に買い求めた四万十・宇和海フリー切符の出番となる。今回の遍路は最初からそのルートを探っていたのであったのだから‥、、こうしてその朝、それでも7時半にチェックアウトし、それほど重くはない荷物であったが、預かっててくれるというので巡拝用品だけ持って宿を出た。朝食はついてなかったが、朝7時から隣のベーカリーが開くので、そこで美味しい朝食がとれますよ、という勧めもあって、そのパン屋に寄ってみる。たしかに洋風朝食はとれたのだけれど、ちょっとわたしの納得する価格でなく、その代わりパンを二つ買って35番に向かう。街中はへんろ道の指示標識はなく、地図を頼りに行くも少し間違え、何回か聞きながら山の方に向かう。どうも遠くに見えた山の中腹あたりに寺がありそうだったが、できれば最短コースを行きたい。それを見つけるのに最初戸惑ったが途中からは一本道になった。思った通りの登り道になってちょうど(3km)45分で到着。すでに車遍路さんが何組か参拝していた。わたしの後からものすごい勢いで登ってくる若い歩き遍路がすぐに追いついてきた。挨拶を交わすと見覚えがあった。一通り参拝を終えて改めて話しかけてみた。先ほど仕入れたパンのひとつを、いつも接待を受ける側にいたので彼に接待した。昨日女性と禅師峰寺に向かって歩いていたときにすれ違った彼のことは、その女性とほとんど同時に一番を発って、その後オイツヌカレツして、ほとんど同行のようなものであったらしくよく知っていて、少し彼のことを話してくれていたからであった。いや、若さの賜物、何と彼はテント一式を担いでの歩き遍路だったのである。昨日はどこにテンパッタ、と聞くと、わたしが痛みに耐えながら渡ったあの仁淀川の河川敷とのことだった。ということはそこから歩いてきたことになる。まだ学生?と聞くと学校は出たというような返事、、ともかく頑張れとエールを送って、彼はまた勢いよく清瀧寺の坂を下っていった。わたしは彼の後を彼の速度の半分くらいの歩みで下ったが、瞬く間に彼は見えなくなってしまった。

日の出ころホテルから見た土佐市内と正面の山の中腹辺りが35番清瀧寺ではないかと望遠で取ってみたが、当たりだった、、Img_1344_640x480Img_1345_640x480

宿泊したビジネスホテル、ビジネスイン土佐と隣のベーカリーIWAGOImg_1346_480x640Img_1347_640x480

街中をはずれてへんろ道を行くImg_1348_640x480

清瀧寺山門;2枚Img_1351_640x480:Img_1352_480x640

清瀧寺境内;2枚Img_1353_640x480Img_1354_640x480


 わたしはバスの時間に余裕があったので、寺下の民家で盆栽に水をやっていたオヤジさんとしばらく立ち話をしたりして(昔、この寺も厳しい時代があったことなどを話してくれた)のんびりと宿に戻ったが、それでも1時間ほど時間をもてあますことになった。受け付け前のソファで少し休ませてもらいながら、その日の宿を探す。列車の時間はわからなかったが、伊野駅着が14:21とのことだったから、どうやっても37番岩本寺のあるまではいけるだろう。その日に打てるかどうかはわからないが宿泊地は窪川しかなかった。歩きだと2日はかかるところをその日のうちにつけるのだから、行程上のアドバンテージも大きかった。で、窪川というところは土讃線の終着駅で、ちょっとした街であったから宿も多く載っていた。前回のときも書いたことだが、こういうときそのガイドブックの宿一覧には評価や価格が載ってないから、どこにしたらよいか迷うのである。で、前回書いたようにエイ、ヤ、で選ぶと当たりはずれが多いのである。そのとき昨日一緒に歩いた女性の話を思いだしたいた。彼女もそれまで多くの宿に泊まっていたが、途中の宿で、もう何十周もしている先達さんから、ここだけは泊まってはいけない宿を聞きだした、といっていたのだ。残念ながら、その詳細を教えてもらう時間がなかったが、印象的だったのが、どこかで宿坊に泊まったが決して悪くなかった、むしろ下手な宿よりずっとよかったという話だった。確かに、もし迷ったとき宿坊があれば、そこにしたほうが無難かもしれないと、そのとき思ったのだった。わたしはそれまで宿坊に泊まっていなかったから(前回廻ったとき一ヶ所あったが、そのときは他に決めていた)、この窪川の岩本寺に宿坊があるのを知って迷わずそこに電話を入れてみた。二食付きで6800円とのことだったので即決した。

 思うに、もし歩きだったらバス待ち、列車待ちということがなく、無駄な時間というものがまったく生じないことにそのとき気づかされたが、バスで行くことを決めていたから、そんなに長くホテルにお邪魔しているわけにもいかず、まずコンビニに出かけ、そこで昼食用におにぎりを仕入れてバス停のベンチでバスを待つより他なかった。がらがらのバスに乗るとあっという間に竜についた。その間車窓左、宇佐湾の静かな佇まいは美しかった。偶々前日から天気がよく、バスを降りると南国風の強い日差しを受け、少し汗ばむくらいであった。バス停から36番青龍寺まで15分、そこは一般の観光客と車遍路でけっこうな賑わいがあった。急な階段を登って参拝を済ませ、納経所で奥の院の行き方とどのくらい時間がかかるかを聞く。つまりここでも次のバスまでの時間があったからである。山道を20分くらい、とのことだったので、多少足の痛みがあったが、もしかしたら海の見晴らしがいいのではないかと山道を登っていった。思いのほか時間がかかり、最終的には神社になっていて、そこからは土禁になっていたので写真だけ撮って引き返す。途中の枝道をいくと目の前が開け素晴らしい眺めが飛び込んできたが、何とそこはお遍路さんたちに人気の国民宿舎土佐の敷地内だった。なのでそこも写真だけとってさっさと退散、きた道を下り青龍寺からバス停まで戻った。バス停前の浜辺が昼食場所には最高ではないかと思えたからだ。そこでおにぎりの昼食。ほとんど人陰のない静かな浜辺、波のない穏やかな海、強い日差し、キューバの海を思いだしていた、、それはそれは素敵な昼食休憩にぴったりのロケーションであった。

バスの車窓から、宇佐漁港付近?Img_1361_640x480

青龍寺山門から長い階段を登って本堂へ;4枚Img_1363_640x480Img_1364_640x480Img_1365_640x480Img_1366_640x480

奥の院の不動堂、土禁だったのでここから引きかえす、、Img_1368_640x480

途中、枝道に入ると国民宿舎に出た、、Img_1371_640x480

竜バス停(左の建物の前あたり)前の浜辺、昼食休憩にはもってこいのロケーションだったImg_1373_640x480


 13時半のバスは、宿をとった土佐市の中心にいったん戻り、そこからさらに内陸に入って(北方向に向かって)竜からは50分走って伊野駅に着いた。ま、それで300円はなかなかお得なバスに思えた。伊野はちょっとした街で、どうやら特急も停まる駅のようだったが、駅員に次の窪川方面は何時か聞いてみると、15:57までないとのことだった。駅の時刻表で今一度確かめると、その間何本かの普通列車があったが、すべて手前の須崎どまりで、確かに窪川まで行く列車は15:57発の特急あしずり5号まで待たなくてはならなかった。1時間半待ちであった。それでいくと窪川着は16:50、岩本寺の宿坊には問題なかったが、参拝はできない(朱印がもらえない)時間だった。もちろんそれは次の朝一番にもらえるから問題はなかったのだが、それより、その時から4日間使える四万十・宇和海フリー切符の威力に改めて驚いていた。この伊野~窪川間だけでも特急券とあわせると2460円(運賃1280円、特急券1180円)になり、その切符で特急自由席に乗れたから、なんとその額はこの切符の半額くらいの金額になることを知ったからだった。これは歩き以外のお遍路には十分に使い勝手のいいもので、この切符のことを前回の初のお遍路のとき、最初の宿で先達さんが教えてくれたことだったのである。

土讃線JR伊野駅とそこの時刻表Img_1376_640x480Img_1377_640x480


 何をするでもなく、街をぶらつくでもなかったが、それでも備え付けの時刻表があったので、その特急の窪川到着時刻や明日の電車の時刻などを調べられたわけだが、それが済むとボケッと列車の到着を待っていた。特急はがらがらで、四国の山河を縫ってあっという間に窪川着。岩本寺は駅から10分、ま、小さいながらも交通の要衝?、それと岩本寺で持っているような街の人通りの少ない道を行くと、まだ街中といった感じのところに寺があって、納経所で宿坊の場所を聞き、同じ列車に乗っていた人とほとんど同時の到着(チェックイン)となった。宿坊といっても賄いのオバサンが二人でやっているようなところで、普通の宿となんら変わるところはなかった。いや、むしろ建物は立派で、特別室に公開している身代わり地蔵という、本来非公開のお大師様を拝見できたり、やはり宿坊ならではの恩恵があった。6畳くらいの和室をあてがわれ、早速風呂と洗濯。今はどこでも洗濯機(200円)と乾燥機(30分100円)が備えられていて金額もだいたい一緒のようだった。食事は下手な旅館や民宿よりも上等なくらいで、おかげでビール一本で足らなくなり、日本酒まで飲んでしまった。相客は同時にチェックインした同年代の埼玉の人、彼は区切り打ちで明日から歩き出すとのこと、もう一人の男性も同年代(もう少し若かったか?)神奈川といっていたから、わたしが千葉で関東勢ぞろいといった感じだった。あとから数人見えたが、食事のときはこの三人で、ま、これまでの遍路話に花を咲かせた。いずれも歩いている、あるいはこれから歩く人だったから、やはり肩身は少し狭かった。ま、次の朝に勤行が6時からといわれていたが、毎朝もっと早くから眼が覚めていたから、それはなんら苦になることでもなく、これなら毎回宿坊でもいいかな、と思ったくらいだった。が、その後宿坊のある寺に偶々今回はめぐり合うことはなかったのだった‥、、

岩本寺;3枚Img_1378_640x480

この2枚は次の朝撮ったものだが、一枚目の写真左手奥と二枚目が宿坊Img_1386_640x480Img_1380_640x480