独歩の独り世界・旅世界

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因果な商売‥??

 2015初ブログである。すでに早いもので新しい年になって一ヶ月が過ぎ、立春も過ぎてしまった。その後旅にもでていないし、旅ネタは尽きてしまっているので、もうブログもそろそろ卒業するしかないかと思っていたのだが、少し趣向を改めて、またスタイルも元に戻して、つまり旅ネタに限定せず、一般的な句読点表記に戻して、再スタートしてみることにした。(すでに句読点の‘。’を‘、、’表記に変えて数年がたってしまって、その理由を知らない人が多いと思われるので、どうしてその表記にしていたかを改めて記しておくと、それはわたしがタバコをやめた10数年前?に遡る話であった。そのときに-つまりこのブログの初期のころ-たぶん書いた記憶はあるのだけれど、要するにタバコはそのころのわたしの生活の中で、生活のリズム・流れを変える句読点となっていて、それ(タバコ)を止めるにあたって、文章の表記も、そのころ感じていた息継ぎとしての‘。’の違和感を解消するために、試しに‘。’を‘、、’に変えてみたのだったが、その効果(意味)はあったのかどうか(タバコも)、今になって疑問に思うようになったということだった。)

 さて、で、この場(ブログ)を今までは主に旅の報告・備忘録として利用させてもらってきたが、なにもテーマをそれに限定する必要はなく、カテゴリーには今回使っている‘日記・コラム・つぶやき’というのもあるのだから、と思い直しての一ヶ月ぶりの再開となった。つぶやきは今ではツィッターのほうが一般的となったが、ま、いってみれば、表立って言えない文句・苦情・クレームあるいは苦い想いの表出だから、短い表現よりいつもグタグタ文になってしまうわたしにはおあつらえ向きのこの場で、たまたまの怒りに近い苦い想いを表出してみることにしたのである。

 わたしが取り上げる因果な商売とは、一般的には真っ当な職業というか、むしろ職業としてはハイレベル、人様から尊敬されている職業である。おそらくそこにお世話になったことのない人はいないと思うが、逆にそれに対して不信感をもっている人もまた少ないのではないだろうか?即ち、わたしは歯医者さんという職業に対して(かなり偏見をもって)異議を唱えたいのである。もちろんわたしは患者の立場である。現にここ数ヶ月世話になっていた。しかしこの話は今回始まったことではない。また、わたしが通院したところだけの話でもないと思われたから、納得がいかないのである。

 ここ30年余り、歯医者さんの世話にはなったことはなかったが、それでも生涯に何回かは通ったことがあった。で、あるとき気づいたのだが、今や(ここ十数年)歯医者はいたるところにあるではないか?ということと、が故にか、歯医者は一度通院するとなかなか終わらないということ‥(わたしの邪推は、今や一軒辺りの患者数が減少しているので、一度来た患者はできるだけ長く、いろいろな名目をつけて引っ張っている‥と)、そしてインフォームドコンセントがほとんどなされていないのではないか?ということだった。今回の例でいうと、何年か前に欠けてしまったいたところが痛みだして、ほんとは前述のような不信感があったから、あまり行きたくはなかったが、痛みに耐えきれず最も近場にあったところにいってみた(どこも同じと思ったから、近場にした)。案の定その部分だけの治療に、平均して週一の治療で2ヵ月半かかったが、その後もどこどこが傷んでいるということで、別の部分の治療が始まってしまった(そこの痛みはなかったが)。もちろん善意でいってくれ、治療してくれているものと信じたいが、その説明は一方的で、治療中に返事ができない状態でいわれたのでその必要はないといえないまま、あるいはもし事前または事後に、わかるようにインフォームドコンセントしてくれたならばまだしも、まったくそういうこともなく暗黙の了解のようなかたちで治療は進んでいってしまった。いや、これは決してわたしの場合だけではないような気がする。同じ医院で、他の患者にそんな説明をしているのを聞いたこともなかったし、わたしの奥さんも他の医院だったが、そんな感じで、何と数年間も同じ歯医者さんに通っていたからだ。それでも大方の人はそれで納得していたのなら、それは他人事になるが、わたしはすでに数年前から、もしかしたらとずっと疑問に思っていたことだったのである。

 わたしはどちらか、あるいは両方に勘違いがあると思っている。まず、歯医者側;(すべてではないが一般的に)歯医者はそれでも医者の端くれ、というちょっとした思い上がり?。もちろん立派な国家資格取得者だから、わたしなんかどう転んでも足元にも及ばないが、負け惜しみでいえば精一杯讃えたとしてもただの技術者でしかなく、悪くいえばサービス産業の従事者でしかない、という自覚のなさ、つまり患者に対する上目線、問答無用的態度、時代錯誤(たまたま今回の先生はまだ若い女性だったが、先生と呼ばれる立場になってしまうとそういう感性に鈍くなるのかもしれない)が甚だしいということ。患者側;ほとんどの患者に医者を疑うという感性がない。こうして旧態依然の歯科医療は今なお健在というべきか??

 まだ治療を受けている立場で(医院で)あまり大騒ぎするのも大人気ないと思えたので、とうとう本日、今日の予約は都合でいけないと電話でキャンセルし、この後もしばらく外地暮らしになる(本来そうしたかったが、今年はできずにいた)からと偽って、こちらから治療終了を宣言してしまった。なんとも後味の悪い虚偽の通告になってしまったのだが、ほっとけば何故今の治療が必要なのかわからないまま(実際今の時点で治療しておいたほうが先行きのためよかったのかもしれないが)、保険はきいたがあと数万円もとられることを思えば、わたしとしては納得がいかず、そうするしかなかったのだ。もし、先に述べたわたしの邪推が、今の歯科医師業の現実だとすれば、なんとも因果な(やくざな?)商売に思えたのであった‥??、、