独歩の独り世界・旅世界

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グアダラハラ Guadalajara 2012,09,25

 グアダラハラ到着は9月24日の18時半ころでまだ外は明るかった。グアダラハラは40数年前に寄った記憶はあるが、その当時のことはまったく覚えていなかった。その後バスの乗換えでこのターミナルを利用したことがあるような記憶もあるのだが、それももう12,3年たっていて、それさえはっきり覚えていないのだから、わたしの記憶はまったく当てにならない、、しかしそのときはもうこのバカでかいターミナルだったような気がする。われわれが到着したターミナルはそれがひとつだけでも小都市の立派なターミナルとして通用しそうなものだったが、そんな建物が4つからなるグアダラハラのニューバスターミナルの一画に過ぎなかった。たぶん交通の要衝グアダラハラには数十社からなるバス会社が軒を連ね、バス会社別にターミナルが分かれているようであった。そしてそんな乗り継ぎ客のために見た目決して安宿とはいえない、これまた大きなホテルがその近くにひとつあった。われわれは次の日にはできたら夜行のバスでメキシコシティ入りを考えていたから、それほど高くなければそのホテルはまことに都合のよいものであった。早速訪ねてみると、見かけ中級ホテルは473ペソでわれわれの安宿基準(500ペソ以下)に合致していた。それで宿は難なく確保できたのであった。また近くにはこれまた庶民的な食べ物屋街もあって、その夜の食事は久々に少し贅沢してしまった。といってもけっこうビールを飲んでも200ペソ以下だったからわれわれの贅沢はたかが知れていた、、

 翌朝は荷物をホテルに預けて街に出た、そのターミナルはけっこう街から遠くにあって、そこそこの時間がかかった。バスを降りたところの場所がどこだかわからなかったが、近くにサンフランシスコ教会を見つけてだいたいの位置と方角をつかむことができた。あとはすべて歩いて回れそうだったので、そこから街の中心カテドラルを目指す。ここグアダラハラの目玉は2ヶ所あった。ひとつはそれが世界遺産の対象となったオスピシオ・カパーニャス<Hospisio Cabanas>という旧孤児院の施設、ここはその建物とメキシコの3大巨匠の一人グアダラハラ出身のホセ・クレメンテ・オロスコ描くところの天井画が見もの、そしてもう一ヶ所がチワワの政庁舎の壁画も有名だったMiguel Hidalgoをこれもオロスコ描くところの壁画‘立ち上がる僧侶イダルゴ’のあるハリスコ州庁舎であった。この建物も17世紀に建てられた重厚・荘厳な趣のある建築で、無料で入れてもらうのがはばかられるような建物であった。まずわれわれが向かった先はカテドラルでここの内部も荘厳・華麗でメキシコ第2の都市のカテドラルという威厳が感じられた。そのあとはそのはす向かいにあった、グアダラハラ地方博物館 Museo Regional de Guadalajara、ここは期待も予定もしていなかったが無料だったので入ってみたらこれがなかなかたいしたもので、この地方の文化・歴史をくまなく紹介しており見ごたえは十分であった。もうこの二つだけでもけっこうな時間を費やし、それなりの充足感があったが、そのあとがハリスコ政庁舎 Palacio de Gobiernoであった。1階からに2階に上がる階段に描かれた圧倒的な迫力の壁画、これにはわたしだけでなく息子もそうとう衝撃を受けていたようだった。そして2階会議堂に描かれている天井壁画、実は恥ずかしながらわたしはこのとき初めてオロスコという恐るべき画家を知ったのであった。そしてその後に行ったオスピシオ・カバーニャスの天井壁画、他の作品もすべてオロスコの手になるものであることを知るに及んで、ますますこの画家の存在に驚かされるにいたったのであった。そのオスピシオ・カバーニャスに行く前にその近くのリベルタ市場に寄っていた。このメルカドも巨大で3階建て、おそらくここでないものはないというくらい、その規模も扱い商品も多様であった。折から昼時でハリスコ地方の華麗な民族衣装に身を包んだ美しいセニョリータの呼び込みにつかまってしまい、そこで食事することになったが、それも決して高いものではなかった。そして世界遺産オスピシオ・カバーニャスである。その建物もどこかの宮殿を思わせる古典建築で壮麗なものであった。入場料ひとり70ペソもま、仕方ないことと思ってたら、なんとその日は火曜日で、なぜか入場無料だったのである。時々そんな幸運にめぐりあうのも旅の楽しさ、つまり損することもあるけれどもうけた気分になることもあるのであった。

<サンフランシスコ教会もなかなか趣のある建築であった>115_640x480

<Plaza de Armasアルマス広場とカテドラル>
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<カテドラルの内部>
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<グアダラハラ地方博物館、展示品は多様>

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<ハリスコ州庁舎のオロスコ作‘立ち上がる僧侶イダルゴ’>128_640x480

<ハリスコ州庁舎の建物>
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<リベルタ市場で昼食>
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<オスピシオ・カバーニャスの正面>
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 おおよその見所は回ったが、まだ時間の余裕はあった。街をぶらつきながらカテドラル後ろのPlaza de la Liberacion<自由広場?>まで戻って観光案内所でもらった地図を見ていて、Casa Museo Jose Clemente Orozco<オロスコの家>があるのを見つける、が、少し遠そうだった、歩いてはいけそうにない、で、また観光案内所に行ってその行きかたを聞く、新たな地図に目的の場所と、そこに行くバスの乗り場と降りるところに印をつけて教えてくれた。そのバスはそのプラザ<公園>から1ブロック行ったところを通っているトロリーバスであった。ほとんど終点と思われるそのバス停の近くにはアーチ型の門と噴水のある広場があって、その一画にオロスコの家はあったが、訪ねても誰もでてこなかった。しばらくすると何か忙しそうにしている男の人が上から降りてきて、どうぞ自由に見学してくださいといってくれた。実際入ってみると壁画がひとつあるだけであとは何の展示もなかったが、どうやらその建物は何かの催しとかに使われているらしく、その男の人はその準備に忙しそうだったのである。で、われわれもそこはすぐに辞退してまたトロリーバスに乗ってカテドラルのある広場に戻ったが、それでも時間は余っていた。なにしろここグアダラハラからメキシコシィへは最も運行数の多い路線である。多い時間帯には10分おきくらいにバスが出ていた。だからバスはいつでも乗れるのだけれど早すぎても、メキシコ着が真夜中とかでは却って困ってしまう。だから一日の宿代節約もけっこう大変なのであった。つまり7~8時間というのもちょっと中途半端な時間でもあったのだ。10時のバスだとシティ着が早すぎ、かといって11時だとこちらでの時間が余りすぎるということであった。

<Arcos de Gudalajara グアダラハラ門?>192_640x480

<オリスコの家 Casa Museo Jose Clemente Orozcoとそこにあった唯一の作品 >137_640x480 194_640x480

 われわれはこの時間の潰し方に能がなかった。だからこのときも結局4,5時間もターミナルのベンチで成すすべなく、といっても息子はWiFiがつながったので、それほどバス待ちは苦にならないようであった。わたしはどこも同じ値段のバス料金設定なのでどのバスにしようか、何時のバスにしようかとしばらくはそんなことでウロウロしていたが、よく探すと他社より少しだけ安いバスがあったので、そこのバスの23時発のticketを買うことによって暇つぶしもなくなってしまった。で、このときもそうだったが(だから少々安かったのではないかと思っている)メキシコのバスは途中から乗り込む場合はたいそうわかりづらくて、危うく乗りそこなうというか、自分の乗り込むバスを見つけるのに右往左往することがたびたびあった(チワワでもサカテカスでも)。というのは始発のバスの場合ゲートもゲートイン時刻もバスナンバー(これが決めて)も決まっているのだけれど、途中乗車のバスの場合、それがはっきりしていないことが多く、その時間近くになったとき一応何番から何番といわれているゲート付近で待ち構えていないと、知らない間に到着して知らない間に発車してしまうということが起こりうるのである。場所によってはアナウンスがあるところもあったがもとよりそんなものは聞き取れないのだから、少し早めにゲートインして(チェックあり)それでなくともプラットフォームが多いから事前にチェックしてその付近で待機していないと危ういのであった。そしてこのときもそうだったがそのバスの到着が遅れたりすると、アレー、どうなってんだと、そこいらにいる係りの人に何度も尋ねたりしてヤキモキしながら待ち続けるのである、、で、やってきたバスにようやく乗り込むとそのほとんどはガラガラで、つまり需要より供給過多ではないかと思うのだが、それほど競争が厳しそうで、これでは先行き共倒れもありうるのではないかと余計な心配をしてしまうのであった、、そしてこのときもガラガラのバスでゆったり眠れたのだけれども、予定よりすこし遅れて発車したにもかかわらず、メキシコシティには6時ころ着のつもりでいたら、なんと朝の5時に着いてしまって、いい気分で寝ていたところを起こされてしまった。とまぁ、メキシコのバスもまだまだわからないことが多くて興味深いのだが、しかし朝の5時はいかにも早すぎた、、まだ地下鉄も動いていないというのに‥、、