独歩の独り世界・旅世界

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Tashiro (田代)に一週間‥

 田代、としても、田代、としてもいいのだけれど日本語の助詞の使い方は案外難しい、多少のニュアンスの違いあれど、どれでもよさそうな気もしてくる??、いずれにしろ、ここGuatemala/Antiguaのペンション田代にまた一週間お世話になってしまった、、で、少し時間が取れて(けっこう暇をもてあましてPC将棋なんかをやったりして暇つぶししたりしていたのだけれど)やっとその気になったのだけれど何から報告したらよいのだろうか?カサカサ以降の経過を簡単に報告させていただこうか、、??

  確か1月13日(今日は1月29日)にメキシコ・サンクリストバルをシャトルバスで発って、何のトラブルもなくGuatemalaに入国して、その日のうちにLago Atitlanの湖畔の街パナハッチェルに着いた(朝7時に一番で迎えに来たシャトルバスがトータル14人を乗せてサンクリ‹San cristobal de las casas›を発ったのが8時ころで、国境は11時半着、国境発は13時近かった、パナ‹Panajachel›着は18時を過ぎていた、、料金280ペソ、1700~1800円くらい?)、148(シエントクアレンタイオーチョ;地名)で降りて直接サンペドロへ行くこともできたけど、次の日パナで両替をしようと思っていたので、その日はパナまで行ってしまった、パナではケツァル(Guatemalaの通貨単位、1Quetzal約10~11円くらい、去年とほとんど変わっていない、以下略してQで表示します、面倒なので1Q約10円と覚えていてください)を持っていなかったので安宿の親父に明日両替した後で払うということで了解してもらった、その宿は50Qだった(そんなんでちょっとEl Solには行きにくかった)、次の朝銀行で両替を終え、宿の支払いを済ましてすぐにボートでサンペドロに向かい、サンペドロには10日くらい滞在、1月24日またシャトルバスを使ってAntiguaへ移動、幸い田代の近くにシャトルが止まったので、その足で田代に直行、ずいぶん混んでいるとの情報も耳にしていたが、これまた幸いちょうどその日に何人か出たらしくて、去年も滞在していた部屋に落ち着くことができた、、というのが大雑把な経緯で、たぶんその間のどうでもよいことも含めてもう少し改めて書くことになるかもしれない、、??なお、あまりシャトルを利用したがらないわたしが続けて2回シャトルを使ってしまった理由だけは書いておこうと思う、、

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メキシコ側国境の街Ciudad Cuauhtemoc

 サンクリ~国境~Guatemala各地へは、もちろん普通のバス便があるから、経済的にはそちらのほうが安上がりかもしれないが、荷物がある場合バスターミナルまでタクシーを使ったりしたら却って高くついてしまったりして、トータル的にはコストとしてはそんなに変わらないということ、&シャトルの利便性(door to door に近い)とやはりなんといってもスムース&早さ(時間がかからない)等々を合わせると、この2区間に限ってはシャトルに利ありと判断したからであった(特にLago Atitlan周辺~Antigua間はチマルテナンゴでの乗換えを考えると料金差10~20Q位なのでシャトルをお勧め、って、チキンで行くやつなんかいないからそんなこといっても意味ないが‥ちなみにLago Atitlan~Antiguaのシャトルは50Q、去年は40Qだった)、が、いつもそのシャトルは15人乗りくらいのワゴン車で、Guatemalaのチキンバス(これについても前回書いていると思う)に変わらない窮屈さや、だいたい欧米人ばっかりで、あまり好きになれないのも変わらない‥

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Antiguaのバスターミナルとチキンバス

 が、いい意味で変わらないのが田代であった、というか、パナもサンペドロもAntiguaもGuatemalaも田代も、去年いたときから8ヶ月しかたっていないのだから、そんな際立った変化があろうはずはない、、そういえば、わたしがGuateに到着したその日から、新しい大統領が就任したと聞いたが、この新大統領の評価もだから当然まだ出ていなかった(選挙は去年の9月にあって、その時点で新大統領Otto Perez Molina氏は決まっていたが)、、

 これも当然といえば当然なのかもしれないが、何よりうれしかったのは田代さんもセニョーラもわたしのことを覚えていてくれたこと、そして先に記したように前にいた部屋が空いていたこと、お手伝いのセニョリータも覚えていてくれたし、ま、こちらとしては一度日本に帰って再びやってきたという意識が強かったけれど、田代さんたちにとっては何人もの旅人が数ヶ月から半年くらい南米を回って再び帰ってくるなんてことはしょっちゅうあることだから、そんなことでいちいちありがたがってはいられない、、というわけで、この感激(のようなもの)はきわめて個人的なものでしかなかった‥それでも勝手知ったるわが家に帰ったようなもので、もう、到着するや否や、早速自炊のための買出しや一週間の滞在予定の間のSpanish schoolの予約に出かけ、帰ってから洗濯と半日は瞬く間に過ぎた、そして夜、、何人かの同宿者と顔を合わせることになった、、

 前に書いていると思うので(内容はもうすでに覚えていないが)少々重複するかもしれないけれど、Guatemala/Antiguaのペンション田代についての個人的な見解を述べておきます(詳細はWEBで検索できます)、Guatemalaにはいわゆる日本人経営の宿(ホテル)がいくつかあって、どこもいつも日本の若者であふれています、特にここAntiguaは街こそそれほど大きくはないが、いわゆる観光の拠点としては、ここからバスで1時間のところにある首都Guatemala cityをはるかに凌いでいて、Guatemala国内の観光の拠点・中心をなしており、旅行者でシティ(グァテマラ市)に寄らない人はいてもAntiguaに寄らない人はまず考えられない、、そしていまや人気の中南米旅行をする日本の若者たちで、どこが目的地にしろ、その途中でここAntigua(あるいはGuatemalaといってもいいか?なお、Antiguaは1979年に世界遺産に登録されている)を通過する(あるいは滞在する)際、ここペンション田代に立ち寄らない人もまず考えられない、、ペンション田代とはそういう存在、そういう位置・地位にあります、、ま、中にはへそ曲がりの例外もいるとは思います、その一人が去年のわたしでした、、その辺の詳細もたぶん前に書いていると思うので省略しますが、、??

 さて、ではそのへそ曲がりが変心するほど、あるいはそろいもそろって日本の若者たちのいわゆる中継地でなく目的地化してしまうほどに名を成しているこのペンション田代の、何がそんなに旅人をひきつけるのか??しばらく滞在してみるとそのわけがわかります、、その理由は十くらいはあると思いますが、すぐに思いつくことを五つくらいは書き出せるでしょう、、一つはなんと言っても田代さん個人の飾らない素朴さの魅力、そしてそれを上回る奥さまの人柄、そしてその影響を受けていると思われるお手伝いのセニョリータの勤勉さ、そして第二に、その彼らの気遣い、つまり毎日の掃除や隅々まで配慮された設備や管理の姿勢(ほんとにあまり表立ってではないがよく気配りされている、たとえば炊事場のあるホテルは多いが、ガス台が3台都合12の焚口があるところなんか他に見たことがない)、そんな施設(田代のこと)が街の一方の中心でもあるバスターミナル、メルカド(市場はバスターミナルに隣接している、なおもう一方の中心はそこから歩いて5~10分のところにあるパルケセントラルとイグレシアカトリコのあるところ)から歩いて4、5分、スーパーも2、3分のところにあるのだからまことに便利この上ない、しかもそれでいて大通りからは少し中に入るのでそこには閑静さがある、、&それでいて宿泊料金はまことに安く設定されており、また必要な情報、アンティグア・グアテマラ情報や各地のシャトルバスの手配なんかもすべてやってくれるのだから、ま、それでも気に入らないという人がいるのなら、やっぱりよっぽどへそ曲がり・変人としか言いようがない、、、

060_640x480_4田代のキッチン
064_640x480奥から2件目右側、看板はない

  ま、元へそ曲がり(変人は現役)は、それでも時々こんな風に思う、、となると、猫も杓子も皆来てしまうではないか‥そう、だからいつも満員なんです、いっぱいのときが多い、時々えっ?とか、あれっ?って思う人がいたりする、、いや、もしかしたらわたしが若い人たちからはそう思われているかもしれない、、うーん、その辺の難しさはあるかなぁ??特に3階のキッチンで顔を合わせたりしたら、たいてい皆仲良く和気藹々でやってるけど、今回はわたしと同年輩がいないから、、そう、去年の‥名前が出てこない、6号室にいたおっさんもやはり引き篭り気味だった、そうやって去年を思い出してるわたしがいた、、去年は老若男女あわせて10人くらい全員で3階テラスで焼肉バーティやったりてんぷらバーティやったりしてたっけ、あれ、なんか違うなぁ、、

 自分を棚上げして言うと、去年はもっと個性的な連中が多かったような気がする、、それでも結構なんかまとまりがあった、、ま、メンバーはそのときそのときで入れ替わるから、まったく偶然性に左右されている、そのときそのときの個性の集大成がその場の雰囲気を作っていくのだろうけど、その際去年という比較対象を持っていたことが却って邪魔になる、、まずい、まずい、しかしいや、それだけではない、何かが違う、、あ、そうか‥

 変わったところがあった、どうも周辺住民に配慮して、少し夜間の規制を始めたようだ、屋上テラスでの会食はできなくなっている、、キッチンの扉と窓は夕方18時以降は閉めてくださいとあった、、そして、わたしが着いた次の日から有志による日本食の提供が始まった、、経緯はわからないが、たまたまのそのときの宿泊者でプロの料理人Soheyクンという若い男の子(若いころの関野吉晴に似ている)が希望者に日本食を作ってくれることになった(もちろん有料だけど安い)、、これはありがたい試みだった、そうすることでキッチンの混雑が多少解消されることになった、そしてうまい日本食にありつけた、オムライス、親子丼、(大分名物?)鳥のてんぷら、チャーハンと日替わりメニューを20Qで食べさせてもらえた、、これは、いい変化(変革)だ、、

 街は変わらない、、着いた日に訪ねたSpanish school Canoも同じ場所にあって校長マリアは温かく迎えてくれた、、が、そのとき生徒は一人しかいなかった、その後その彼も田代の同宿者であることがわかった、もう一人日本人らしい若い男の子がいたが生徒のようではなかった、彼については次の日知ることになった、、いずれにしろCanoでも、わたしのことを覚えていてくれたので気をよくして次の日から通うことになった、そして去年習った先生ではなかったが、さらによい先生にめぐり合うことができた、その先生はわたしを見覚えていてくれたし、わたしも見覚えがあって、5日間充実したレッスンが受けられた、、が、それよりもこの学校には大きな変化があったことがわかった、それもわたしの到着数日前からのこと、、いや、実際そのプロジェクトが始まったのは3ヶ月以上も前から、とのことであった、、

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 ‘Spani-simo.com’、どうか一度このサイトを検索してみてください、、これは日本にいながらインターネットを通じてネイティブのスペイン語を格安で学べるonline Spanish school だそうです、そのこちら側、ネイティブの先生がここAntigua/Spanish school Canoの先生たちです(もう一校、シェラのSpanish schoolも関わっているとのこと)、つまり、わたしの先生が、わたしの授業の前と後に(日本の深夜と早朝に)直接日本の受講者にskypeを使ってスペイン語を教えているんだって ! ! それも始まったばかり、、1月の21日にスタートしたばかりだとか、、しかし、その立ち上げまでに3ヶ月を要したと、わたしが最初にCanoを訪れたときにそこにいた日本の若者は語っていた、そう、このプロジェクトは田代の同宿者A.Takuro氏他数名の日本の若者たちによって(発想はTakuro氏のようだ)、彼らだけの力でGuatemalaの不安定なスペイン語学校経営を少しでも改善しようという発想ではじめられたという感動的な話を直接本人から聞くことになる、、うーん、こういう半端でない力の持ち主 — しかもまだ若い — にも、こういうところで出会うのだ、、日本の若者もがんばっている‥、、 (こういう話はもっと正確に詳しく書くべくだが、それよりサイトを検索してもらったほうが早いかと思って簡略に記した、ごめんなさい、Takuro殿)

062_640x480Canoのオフィスには去年なかったPCが数台設置されていた

 そんなこんなで少し関連ある写真も載せておきます(↑)、、予定の一週間が過ぎ<、また明日からGuatemalaバスの旅を始める予定、、ま、これが今回の本来の目的といえば目的のようなもの、、わたしの友人に書き送ったことだけれど、どうやらわたしは定住型でなく(一ヶ所に落ち着くよりもの)、漂流・放浪型、さすらうほうが身にあっているようなので~

066_640x480着いた次の日に行った田代から1分の床屋