独歩の独り世界・旅世界

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Guatemala/Antigua 2)ペンション田代の長期滞在者たち

 次の朝定宿となったホテルを出るとわたしは101番のバスでZona10に向かった、前日に.Mさんに教えてもらったAsean foodの食材店を探してみた、もし緊急帰国がなければ、少しアンティグアに長期滞在となる、それもいずれにしろホームステイでなく自炊をするつもりだったので、それには日本食材があったほうがいい、アンティグアでは手に入らないのでMさんにグアテ市でそれを扱っている店の情報を聞いていた、それまでにも何人かに聞いてはいたのだが、ほとんど皆その場所はZona7の韓国人のやっている問屋を利用しているとのことだったが、そこは素人にはわかりづらく、その場所を説明するのは難しいとの話であった、Mさんも同ことを言っていたが、もしそれほど大量に仕入れるというのでなければ少し高いがZona10にもあると、その店を教えてくれたのであった、そこはすぐに見つかったが開店時間より早く着きすぎ少し待つことになった、商品はほとんど日中韓の食材で経営者は中国人のようであった、確かに一通りのものはそろっていたが、Mさんが言っていたとおり思ったほど安くない、結局アンティグアでも買えそうなインスタントのラーメンを買うのが精一杯、ま、Zona10というところはグアテマラでも一番物価の高いところで、そのお店が入っていたショッピングモールも高級なレストラン、カフェがほとんどで、その近辺もでかいショッピングモールの建ち並ぶエリアであった、やはりわたしの来るところではなかったようだ、、、

  いつものチキンバスでアンティグアに戻る、その時部屋がなければドミトリーでもかまわないと言ってあったが、ありがたいことに前回泊まって気に入ったボルカンアグアが見えるシングルルームが空いていた、前回一泊で荷物を置かせてもらうという勝手をしたので、たぶん今回は長期で滞在することになると思うが、1週間だと420Qが360Qになるということだったのでとりあえず1週間でお願いした、この情報は大きかった、たぶんそれは前回泊まったとき聞いていたのだと思う、だからその時点でアパート探しを諦め、つまり1ヶ月1500~2000Qでアパートを探すのと田代に4週間滞在して1520Qを比べたら、むしろ田代のほうが安いことになる、そのうえ田代には立派なキッチンがあったのだから、アパートに固執する理由がなくなった、ならばここでよいではないか、むしろここのほうがよいかもしれないというのがそのときの結論であった、もちろんまったく問題はないわけではなかった、つまりそれは前回書いたかもしれない、多くの日本人と毎日顔を合わせることになる、というある種のめんどくささ?あまりわたしの得手とすることではないことが付きまとう、ということにあった、、、

  田代のキッチンには驚くことに3台のガステーブルが備わっていて、ということは計12ヶ口の熱源があったということで、サンペドロのホテルサンフランシスコのときはたった1台、3ヶ口しかなかったのを思えば、その差歴然、また大型の冷蔵庫が備えられ各人用の食材置き場まで作られてあった、テーブルが3ツ、椅子が12,3人分あったので(テラスも入れるともっとだ !)、もちろんそれでも混みあう時間帯は順番となったが、結構余裕のあるダイニング&キッチンだったと思う、だからそこはたびたび食事の場、飲み会の場、情報交換の場となった、また、もちろん滞在者もその多くが日本人だったから(全てでない)きちんと後片付けをしていたが、さらに毎日お掃除してくれるセニョリータがいて彼女がキッチンの管理もよくやってくれていた、なので後は自炊のための食材・食糧さえ仕入れてくれば食に関してはなんら問題はなかったといえる、しかしこれは田代だけの問題でなくどこでもあることであったが2っだけ小さな問題が残った、1つは冷蔵庫の管理(これは実際難しい)、もうひとつは水の問題、当然宿泊者は少なくないのだから飲料水は各自の負担になる、市販の大型の何ガロンだったかのボトルの管理が少し大変ではあった、それでも水にしても食材にしても全て日本から比べれば驚くほど安かったので、また、市場・スーパーも近かったので(実に田代の利点はその点においても大)それぞれ各自好きなものを買い込んで自分で調理し、結構満足な食生活を送っていたのではないかと思う、ただの一点、日本の食材がなかったことを除けば、、、そんなある日、それはわたしが到着した日であったかその次の日であったか、早速3階のテラスでパーティが開かれた、、、

 そのときの主はM氏であった、が一方に韓国の肝っ玉母さんベロニカがいた、M氏はその時点で在田代8ヶ月、ベロニカはアンティグア在4,5年? 前にもこの話は書いたかもしれないがあくまで私見として、そこの主(ヌシ)になるにはいくつかの条件があるように思われた、誰でも思いつくことだけれど①は滞在期間で②が現地語力③がどのくらい(期間・エリアとも)旅をしているか?ま、総合力としての情報量によって序列が決まってくるように思う、たぶん知らないと人は驚くかもしれないが、旅をしていると日本を出て数年なんて人は結構いたり、世界一周組はざら、さらに沈没半年から1年(&それ以上)なんてのもいくらでもいる、M氏の8ヶ月も最近主になったばかりでそれまで在1年以上の先輩がいたとのことであった、そんな沈没箇所が中南米には結構多い(昔インドや東南アジアも多かったが今はどうか知らない??)で、韓国のオッカサンはアンティグアで韓国レストランを経営していて、何かの事情それをやめて韓国へ帰るところとのことで、ここ田代には1ヶ月くらいの滞在だったか?そのときの言いだしっぺが、そのオッカサンだったから皆彼女に従うことになった、総勢5,6人?その時滞在していた宿泊者はたぶん全員集まったと思う、他にM氏の次に長いTさん、彼は中年のおっさんで中南米で仕事をしていた人、わたしよりずっと若かったが早くもリタイアして悠々自適?まだ若いお嬢さんのnaokoさん、彼女は中南米を一周してきたところで後しばらくアンティグアに滞在する予定とのことであった、N君は、某大学の学生さんで専攻がスペイン語?勉学を兼ねての旅行中とのことだった、あと一人二人いたかもしれないがよく覚えていない、ありがたいことに韓国のオッカサン、ベロニカが何か作ってくれ皆でお酒を持ち寄ってのパーティとなった、それぞれの関係はすでによく知り合っている人もいればわたしのようにほとんど初対面というのもあったが、いずれにしろそういう場を通してみんな顔見知りになり仲良くなった、そして中には長く付き合う人も出てくることになる‥、そんな場が田代に着いてまもなく持てたことはわたしにとっては幸運だった、というのはいつもいつもそんなパーティをやっていたわけではないのだから(宿泊者がほとんど集まってということは、その後なかった、つまりその頃宿泊者が少なかったともいえる)、、その後も面白い人生を歩んでいる人、おもしろい旅をしている人、それこそ老若男女を問わず長期短期を問わず、多数の日本人が田代を通過していった、ここはまさにグアテマラの交差点であった、、、