独歩の独り世界・旅世界

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中欧 バスの旅 24 ) ケルン~フランクフルト/ドイツ

 フランクフルトを定刻より40分送れて出発していたからケルン到着は前回寄ったときより少し遅れて8時半頃だった、、たぶん降りるところまではチェックしていなかったであろうからドライバーにここで降りると一応言ってみたが、それが降車地変更の意味とは彼は気づいていなかったと思う、、ともあれわたしは無事?(予定通り)ケルンに降り立つことができたのであった、、荷物を持ったままケルン大聖堂の前?or脇?これがよくわからなかったが、ともかく駅前広場からその雄姿を見上げたいた、、そして次にまた荷物預かり所を探す、、やはりコインロッカーしかない、、これがまたやり方が違っていて他の人が来るのを待ってその使い方を観察していると、ここでも信じられないことが起きた、、ドイツ人のキャリアウーマン風の女性がロッカーの扉を開けてわたしに預けるバッグを入れるように促す、、言われるままその通りにすると2.5ユーロを払って行ってしまったのだ、、出てきたカードを持っていること、ただし2時間以内よ‥、と言い残して、、ちょっとあっけにとられてしまった、、すごいなぁ!?ありがたいなぁ!?と感心して彼女を見送った、、どうも今回の旅ではこのロッカーにまつわることがいろいろあった、、閉めたはずが鍵がかかっていなかったり、荷物を入れる前に課金されてしまったり、時に戸惑い、そうして今回見ず知らずの女性から施しを受けたりと‥、、しかしこのときはロッカーのことより太っ腹ドイツ人女性に感服・脱帽であった(わたしは相当貧乏人に見えたのかもしれない)、、いやそのときだけでなく今回の旅で出会ったドイツ人女性の振る舞いが、どうもたまたまではなくドイツ人女性全般に言える共通のホスピタリティ精神の表れとも思えたのであった、、‥そうして身軽になったわたしは早速カメラを抱えて大聖堂の中へ入ってみる、、しかし塔には昇らなかった、、一通り見物して写真を撮って次にライン下りを運行している船会社の船着場を探す、、大聖堂からものの5分も歩けばライン川に出られるはずだったがどうやら道を間違えてしまったようだった、、どう行ったとしても間違えようのないところなのになぜ間違えたか?ちょっと時間を気にしてあわててしまったのかもしれないが、どうやら先に大聖堂を見上げたときと同様どこが正面だかよくわからなくなって、ということは東西南北も錯覚してしまったようで方角をまったく違えて歩きだしてしまったようだった、、10分で行けるところ2~30分うろうろしてやっと川辺に出て船着場を見つける、、そこでそこからの乗船でなくもっと上流コブレンツ~マインツ間の運行状況を聞いてみる、、すぐにタイムスケジュール表をくれて10月24日まで1日2便(夏場はもっと多い)今からなら午後の便に間に合うことを教えてくれた、、そのタイムテーブルによるとコブレンツ14時発でビンゲン20時着、その間に14~5の発着場があってそのどこからでも乗れてどこでも降りられるということであった、、もちろんそれぞれの船着場の予定時刻がそこに載っていた、、それを見ながら駅に戻る、、どこから乗ってどこで降りるか?どこからなら間に合うか‥??、、駅のインフォーメーションセンターは窓口が5~6ヶ所あって賢そうな女性が控えていた、、順番が来て英語で尋ねる、、わたしはライン下りをしようと思っている、、ついてはブラウバッハかボッパルトからの乗船を考えているがそれに間に合う汽車はあるか?と聞いてみると瞬く間に端末をたたいて候補の汽車のスケジュールを示してくれた、、ちょっとそれを確認し料金を尋ねながらインターシティ等余計な金がかかる列車には乗りたくないというとまたすぐにそれに対する回答が出る、、実はブラウバッハとボッパルトはそれぞれ左岸?右岸?で別の岸にあってまた鉄道も両岸に沿ってどちらも走っていた、、なのでどちらにするかはわたしの選択しだいということになりボッパルトから乗船することに決める、、どこでticketが買えるのか尋ねるとその場で発券してくれた、、おーこりゃすごいと感心18ユーロを払った、、あまり時間がなかったのでロッカーから荷物を出すと車内で食事できるようパンを仕入れて言われたホームで汽車を待つ、、快適な汽車の旅はコブレンツまで約1時間、コブレンツで乗り換えてボッパルトまでは20分くらいだった、、その小さな駅で下車、歩いて5分ほとで川辺に、、船着場でどこまで行くか迷うも到着時間その間通り過ぎるお城の数などからバッハラッハというところで下船することにした、、思いがけなかったことに何でも月・金は60歳以上料金が半額になるとのことだった、、その日はこの船の最後の金曜運航日だったのだ、、普通なら16ユーロのところ8ユーロで2時間半の川下り(もしかしたら上流に向かうので川上り?)を楽しめることとなった、、が、乗船時間までまだ1時間半くらいあった、、ここボッパルトに決めた理由のひとつに駅から少し行ったところにリフトがかかっていてそれを利用して丘の上まで行くとそこからライン川がUの字に蛇行している風景を眺められるとガイドブックにあったからである、、だが看板はあったようだがそのリフトがどこにあるのかわからなかった、、駅まで戻ってちょうどそこにいた子供たちに聞いてみると方角をさしてくれて14~5分くらい歩いたところにあると英語で教えてくれた、、田舎街をぷらぷらとそちらへ向かうとリフトが見えてきた、、この寒む空、リフトに乗っている人はほとんどいなかったが、それでもまったくいないわけではなかった、、早速2人掛けのリフトに乗り込みカメラを構える、、途中の景色のほうがリフトを降りたあたりよりぜんぜんよかった、、山々は多少色づいておりライン川の眺めは素晴らしかった、、しかしこのあたりの蛇行しているライン川の写真を以前どこかで見た記憶があった、、まぁ有名な観光スポットのようだった、、下りは歩くつもりいたから片道券しか買ってなかった、、標高差から20分もあれば降りられそうだと見当をつけていた、、わたしの下りの速度はそのリフトとほぼ同じでちょうど20分かかった(ということは上りも20分ということになる)、、そのまま川淵を船着場へ戻ると先ほど乗船券を買いに寄ったときは他に誰もいなかったがその時はどこかの団体さんで人が溢れにぎわっていた、、にぎやかなその団体はスペイン人のグループで船内でも騒がしかった、、しかし途中のオーバーヴェゼルというところで降りて行った、、川面を渡る風は冷たかったけどその両岸に展開する山上に造られた古城群はやはりそれなりに楽しい観光となった、、わたしの乗船した区間ではその数6城に及んだ、、それとは別にこれも有名な、歌に歌われたあのローレライも通過した、、バッハラッハという船着場に着いたのは時間通りで18時半だった、、すでに黄昏てはいたがまだ多少の明るみがあった、、しかしそのときここで下船することを選んだのは間違いだったかもしれないという予感はあった、、そこは小さな街でレストランやホテルはもちろん観光地だからあったが、そのほとんどはすでに閉まっているかそもそも営業していなかったのだ、、場合によっては、安いところでもあればここで宿泊しても明日の飛行機に間に合うな、とは思っていたのだが、どこも開いていないし人に尋ねようにも人通りがほとんどなかったのだ、、駅の場所さえわからなかった、、あてずっぽでしばらく歩いた先に無人の真っ暗な駅はあった、、自動券売機がひとつ、ホームは二つあったが誰もいない、、時刻の案内表示もない、、しかしこうなってはフランクフルトに戻るしかなさそうだった、、券売機でフランクフルトまでの切符を買う、、誰もいない、灯りもひとつくらいしかついていない寒いホームで列車を待つことになった、、が、列車はなかなか来なかった、、たまに通過するのは急行列車ばかり、上下線とも合わせて5、6本ほど猛スピードで通過する列車を見送った、、ふと見上げると山向こうからでっかいお月様が現れた、、これはすばらしい月の出であった、、そして振り返ると山の上に灯りがついていた、、降りるときに見ていた古城のひとつシュターレック城だった、、明かりがついていた理由を後で知る、、なんとそこはユースホステルだったのだ、、夏場は予約しないと泊まれないほどの人気の宿だそうだが、その時はたぶん行けば泊まれたのではないかと後で悔やんだ、、もっと早く知っていればその選択は十分ありえたのだった、、1時間も待って鈍行の列車が到着したがそれはマインツ行きで、マインツUバーンに乗り換えねばならなかった、、結局フランクフルトに到着したときすでに9時を回っていた、、駅そばの既知の宿に向かう、、以前会った人とは別のおっさんがいて、どうもここはユダヤ系のおっさんが輪番制をしいているようだった、、以前お世話になったことがあり、また来たのだけれど部屋は空いてるか、前のときは35ユーロだったが‥と、言わなくていいことまで言ってしまった、、運よく空き部屋はあった、、35ユーロ払って鍵を受け取り部屋に入る、、前のときとは階数が違っていてなんとそこはバス・トイレは付いていなかった、、荷物を置いてすぐに下に降り、前のときはバストイレ付だったと苦情を言ってバストイレ付きの部屋がないのなら金を少し返すように迫る、、すぐに彼は2ユーロ札を2枚出しこれでいいかと聞くからOKした、、ついでにどこか安く食事ができるところがないか聞いてみる、、以前利用したトルコレストランは知っていたが他にないか聞いてみたのだが、彼はそのとき、この時間なら駅構内のレストランが開いていて結構安いよと教えてくれた、、なるほどそこなら近い、、とりあえず出かけてみた、、閉まりかけのレストランがあってそこで魚料理とポテトにパンをつけてテイクアウト、途中で赤ワインを1本仕入れた、、こうしてドイツ、いやヨーロッパ最後の夜は最初の夜と同じホテルにベッドを、そしてどうにかまともな飯にありつくことができたのであった‥、、

真下からだと収まりきれない大聖堂をライン川にかかるドイツァー橋から、、2010_1022013jpg_blog ステンドグラス;2枚2010_1022_164511p1030137_640x4802010_1022_174141p1030144_480x640

ボッパルトのリフトから大きく蛇行するラインをの眺め 2010_1022_212530p1030151_640x480

ライン下り(上り?);ねずみ城?;2枚

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猫城;2枚2010_1023_002305p1030167_640x4802010_1023_001834p1030166_640x480

ローレライ2010_1023_002514p1030168_640x480

シェーンブルク城;2枚
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2010_1023007jpg_blog 2010_1023_011215p1030174_640x480プファルツ城

下船したバッハラッハのシュターレック城2010_1023_012602p1030176_480x640